第104話 ただいま、お母さん!
「――お母さん、久しぶりになちゃってごめん。お見舞いに来たよ」
「あおちゃん! 心配したのよ。急にお見舞いに来てくれなくなるし、メールもいっこうに既読つかないし……。でも来てくれて、安心したわ。 それであおちゃん。どうかしたの? 」
「えーっとね。実は交換留学で日本の外にいっててさ。交換留学に行く予定だった奴が、大けがをして、いけなくなちゃって、その代わりで行ってたんだよ。本当に急に決まって急に行ったからスマホ見れなくてさ。本当にごめんね」
もちろん嘘である。
僕はこの作戦で行くことに決めたのだ。
作戦:交換留学だ!
この作戦の良いところは、日本の外つまり異世界に行っていたというのは本当なので、嘘と本当が良い感じにマッチしているのだ。
僕の経験上、こういう嘘が一番強い。
これなら、騙されてくれるかも知れない。
「あーあ。それでかぁ……。でも、行く前にメールでちょっちょっと教えてほしかったなぁ……」
「ほんとにわたわたしちゃってたから、そこまで考えが行かなくてさ、ごめんね」
「まぁ、無事帰ってきて、またお見舞いに来てくれたから、お母さんはそれだけで十分! 」
本当に素直な母親だ。
本当にいい人なんだなと再認識する。
なんだか騙してしまっているようで申し訳ない気持ちになるが、これしか方法がないので勘弁してほしい。
「そう言ってくれると助かるよ。あ、それとさ。交換留学だから、向こうの人ももちろんこっちに来るんだけど、留学生の子を家に泊まってもらってもいいかな。ほら、今僕一人暮らしで空き部屋と多いしさ」
一応、りえとエマの件も許可をもらっておくべく話を振った。
エマは異世界から来たのだし、交換留学生みたいなもんだし、完全な嘘と言うことにはならないだろう。
「もちろんいいけど……。その交換留学の子って男の子? それとも女の子? 」
「え? まぁ、女子だけど。どうかした? 」
「女子と一つ屋根の下、暮らすってこと!? 」
「いや、言い方! まぁ、捉え方次第ではそういうことにもなるんだろうけどさ」
びびったぁ……。
急に何を口走っているのだろうか。
もし、今コーヒーでも飲んでいたら、アニメみたいに吹き出していただろう。
問題はそこなの!? って感じだ。
「――葵。するときはちゃんと避妊するのよ。今、この状況で子供が生まれちゃったら大変だもの」
はい?
またしても何を口走っているのだろうか。
しかも今回はかなりハイレベルのヤバい発言だ。
なんで、そういう行為をする前提で話しているのだろうか。
僕がそんなことをするような人間に見えるのだろうか。
……まぁ、そういえば向こうの世界で何度かりえを襲おうと思ったときはあったけど……。
でも、母親ならもっと子供のことを知って……ん?
もしかして、よく知っているからこそ、こういう注意をしてくるのだろうか……。
たしかに、向こうの世界での僕の思考から考えれば、いつそういうことをしてもおかしくない気もする。
まぁ、もちろんしないけど。……もちろん、フラグとかでもなく。
「一体何を勘違いしてんのか分かんないけど、そういう関係じゃないから。マジで」
「でもさぁ。あおちゃんなら、そういう関係じゃなくても、襲っちゃったりしそうじゃない」
「お、襲ったりなんかしないから! 」
「ふーん。ふーーん。ふーーーん……」
まじで、母親って言うのは凄いな。
いや、断じて違うな。
僕はそんな人間ではない気がするので、母親は間違っているのだ。
うん。そういうことにしておこう。
それにしても、意味ありげなふーん声がウザい。
「――ふふっ……。あおちゃんはいくつになっても本当に可愛いわね」
「はいはい。それで、お母さんは、体調大丈夫なの? 」
急にどうした? などというツッコミはしない。
なぜなら、これがいつも通りだからだ。
母親にとっては平常運転。いつも通りのことなのだ。
「見ての通り元気いっぱいよ。少なくともあおちゃんの結婚式までは生き延びてみせるからね」
「不吉なことは言わないようにしてよ。結婚式までとか、もっと長生きしてよ。マジで」
「ふふっ。そうね。ありがとう、あおちゃん」
本当に、結婚式までとか不吉なことは言わないでほしい。
言霊って言葉があることを知らないのだろうか。
お母さんには長生きしてもらわないと困るのだ。
「それじゃあ、そろそろ僕は行こっかな。また、明日も来るね」
「ありがとう。あおちゃんは本当に優しいわね。誇りの息子よ」
「このくらい当然だって。……それじゃあ、また明日」
「うん。また明日」
母親に大きな変化が起きてなくて、安心した。
入院以降、一週間物間、お見舞いに行かなかったことなどなかったので、だいぶ不安な気持ちもあったが、元気そうな母親の姿が見られて一安心だ。
それに一応、ちょっと嘘はついたもののりえとエマと一緒に住むことも了承してもらえたし、本当に良かった。
僕はそう考えながら、自転車でゆっくりと帰っていった。
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