第40話 夢で逢えたら

 ――どれくらいたったのだろうか。

 遠のいていったはずの意識が、今では帰ってきている。

 それなのに体は動かない。もちろん目もあかない。……参った。金縛りというやつだろうか。


 そう思っていると、目が急に開いた。しかし、そこは見たことのない真っ白な景色が広がっていた。

 いや、真っ白と言うより何もない世界という方が適切だろうか。

 すると、その世界の上から一人の女性が、美しい透き通るような水色の長い髪をたなびかせながら舞い降りてきた。

 その女性は地上に着くと聞き覚えのある声で僕にあることを言い放った。


 『こんにちは。葵さん。突然呼び出してしまってすみません。私はあなたをこの世界に召喚した存在です』


 一目見て分かった。この世の者とは思えないほど美しい見た目。同じ空間にいるだけでひしひしと感じる神様のようなオーラ。

 上から、いや天から舞い降りてきたその女性は僕をこの世界に召喚した存在で、僕が探し求めていた『女神様』であった。

 なんで、こんな状況になっているかはまったく分からない。

 でも、目の前にいるのが、自分たちの命の恩人たる『女神様』であることだけが分かる。


 ――あぁ、やっと会えた。

 目の前には、あれだけ逢いたくて仕方がなかった女神様がいるというのに、なぜか僕の頭の中はある一人の少女が満面に笑みを浮かべながら僕に話しかけてくる姿で満たされていた。

 ……なぜだろう。

 自分が死ぬ運命にあると分かったときも。

 なんの不満もない日常を突如として奪われ、何も分からない異世界に来てしまったときも。

 どんなときでも流すことのなかった暖かい数粒の水玉が頬をゆっくりとつたい、床を塗らした。


『――やっと。やっと会えた。あなたが僕を。僕たちを救ってくれたから僕はここにいられるんです。……あなたが救ってくれたから僕は今も胸を張って生きていられるんです』


 感情が爆発した。一人の少女の姿の思わず引き込まれそうになるほど美しい笑みを見れていられるのは、この人のおかげなのだ。


 ――僕は死にたくなかった。これは事実だ。死にたくない。死にたいないのだが、それ以上に恐ろしかったのは僕だけが残ることだ。

 りえが死ぬのは僕が死ぬこと以上に許せない。りえの犠牲の上で生きるなど僕には無理だ。

 もしそうなれば、女神様が救ってくれたこの命も簡単に棒に振ったかもしれない。


『――だから、僕は誓ったんです。あなたの力になってみせるって。僕は聞きたい!なので、どうか……教えてください。あなたがあの時に、僕たちに伝えようとした望みを……』


 ずっと聞きたかったようやく聞ける。女神様は死ぬ運命にあった僕とりえの二人の命を救ってくれた。二人分の命の分の恩を返すのは至難の業だ。

 いや、不可能だろう。 できる訳がない。いや、できてたまるか! 僕の命、りえの命。

 どちらか一つの命でさえ、それを超す価値のあるものなどないのだから。


 別にきれい事を言いたいわけではない。

 現に僕は、別に知らない人の命でそのように思うことはない。

 性格が悪いと言われるかもしれないが、僕は一切関わったことのない人がなくなったところで大して悲しいとは思わない。

 まぁ、それは本心ではみんな一緒だろうが……。


 命の価値はその人との関わり合いの大きさに比例する。

 どれだけ嫌いな人でも、一切関わったことの人より圧倒的に失ったときの悲しみは大きい。

 これが答えだと僕は思う。自分の中では自分の命が一番重要で良い。

 むしろそう思っていた方が良いだろう。

 ただ、それには例外もあるのだと僕は気づかされた。

 りえの命は僕の命と同じで一番重要だ。

 

――今の僕には二つの一番があるのだ。

 

 その一番を二つも救ってくれた恩を返すのはできるわけがない。

 それでも一生かけて、ちょっとずつでも恩を返していきたい。それは半分僕の自己満足でもある。

 恩を返すにも『望み』を僕は聞く必要があるのだ。


『………………。……私は、……あなた方に……頼みたいことがあります。……ただ。……ここで話すことはできません』


 女神様は、そうどこかはかなげにそう言った。

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