第108話 ――あ、甘酸っぱい……
「まず、エマ。はいこれ」
「ありがとうございます。これがクレープですか……おいしそうですね」
「りえ。はいこれ」
「だから、葵が食べなよ。私はパスで良いって」
「男のプライドなんだって」
「でしたら、私のを一部あげるというのはいかがでしょうか」
エマが打開策として提案をしてくれた。
……それって一緒に食べると言うことだろうか。
確かに食べたくないといったら嘘になるが、そこまでして食べたいとも思わない。
エマもそうは言いながらも、いやだろうしな……。
決定的な打開策とはならないだろう。
「それって葵と一緒に食べるってこと? 」
「え? ダメでしょうか? 」
「ダメって訳じゃないけど……。それなら……ふふっ。あー。エマは心配しなくて良いから先食べてて良いわよ」
「分かりました。先にいただかせてもらいますね」
なんだなんだ?
今、ものすごく嫌な予感がしたのだが……。
あの表情……間違いなく変なことを思いついたな。
「葵! はいこれ、食べて」
「――ふぇ? 」
――ふぇ? えっ? は?
この人は何を言っているのだろうか。
なにをやっているのだろうか。
りえがスプーンで生クリームとイチゴをすくい上げ、それを僕の口の前に差し出してきた。
本当に何をやっているのだろうか。
頭でもおかしくなってしまったのかもしれない。
「――はい? ついに頭おかしくなっちゃったの? 」
「葵じゃあるまいし、頭がおかしくなったりしないわよ。食べようとしないなら、食べさせるまででしょ。ほら、ほら! 」
「まじでおかしいって。ヤバいって……」
「何がヤバいのよ。ほら早く。ほら、葵。早く……」
「マジでどうしたの? 頭でも打った? 異世界の魔物に体でも乗っ取られた? っていうか、顔メッチャ赤いけど、大丈夫なの? 熱あるんじゃないの? 」
「何言ってるのよ。熱なんかないわよ。ほら、生クリームが溶けちゃうでしょ」
「いやいや……」
「ほ、ほら……あ、あーん……」
「――いただきます」
しょうがない。
これはしょうがない。
不可抗力だ。
あーんしてもらうという男の夢が目前にあるのに、それを見逃すバカはどこにもいないだろう。
――あぁ……。甘酸っぱい。
「――ど、どう?」
「――あ、甘酸っぱい……。」
「そ、そう……? 」
気まずい。
非常に気まずい空気が流れている。
「りえも早く食べなよ」
「いや、私は……」
「またそんなこと言って。食べようとしないなら、食べさせるまでなんでしょ。りえと同じこと僕もやっちゃうよ」
「分かったわよ。はいスプーン。一緒に食べるわよ」
「え? 一緒に? 」
「どうかした? 」
「いや、なんでもない……」
りえは、さっき僕に食べさせるときに使ったスプーンを渡してきた。
スプーンは幸いにも二本用意してくれていたので二人で食べることはできる。
でも、二人で一つのクレープを食べるとか、恋人みたいではないだろうか。
今更かも知れないけど……。
「ほら早くしないとクリームが溶けちゃうでしょ。早く食べましょ」
「あぁ、そうだな」
「いただきまーすっと……ってうっま! 」
「うん。うまい! 」
さっきはいろいろと頭がパニックになっていて味をしっかりと楽しめなかったが、改めて食べると、やはりおいしい。
本当に良い思い出になりそうだ。
「私もとてもおいしかったです」
エマが鼻のてんこちょうに生クリームをつけながら感想を教えてくれた。
美少女の鼻に生クリームがついているこの図、めっちゃ良い。
「エマはもう食べ終わったのか? あと、鼻に生クリームついてるよ」
「え! お恥ずかしいところをお見せしました……。これでとれましたか? 」
「あぁ、とれたよ」
「教えてくださり、ありがとうございました。それとごちそういただきありがとうございました。本当においしかったです」
「おいしかったならよかったよ」
「本当においしいわ。私からもありがとね、葵」
二人の笑顔を見るとなぜか凄く元気になる。
自分の中できっと、この二人の存在が大きくなっているのだろう。
「どういたしましてだな。……そろそろ暗くなってきたし、これ食べたら帰るか」
クレープを食べ終わると、
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