第62話 恩を返させて

――ッキン!!!


「――ッ! 」

「――物騒なのは、あなたの方ではないのですか?」


 いつの間にか刀を鞘から出したエマが私の前に立っていた。


「――ふーん。今のを受け流すなんてなかなかの実力じゃない。あたちもこの世界じゃ、力のほんの少ししか使えないち。 ……あ! これは逆にチャンスかな!? この世界で戦うことなんてめったにないち、少しは体をならしておきたちね! いいねぇ。それじゃあ、戦う前の礼儀ってことで名乗ってあげる」


 うっわ。

 見事なまでの自己完結である。

 ここまで独り言が激しい人を見たのはなんだかんだ言って初めてかも知れない。

 そりゃぁ、学校にはいろんな人がいるから独り言が凄い人もいるけどここまでひどいのはなかなかいない。

 このレベルになるとちょっと怖い。


「――ふふーん! あたちは創造神、原初たる神カオスちゃまの忠実なる始まりの五大神が一柱、大地のガイアちゃま、その人だぞ♪ 」


 少女改めガイアは、私よりもない胸を張りながらそう名乗った。

 五大神とはなんとも強そうな二つ名である。

 一体どういう意味なのだろうか。


「――ガ、ガイア……。ま、まさかあの、五大悪神の一柱、大地のガイアですか? 」


 五大悪神とは何だろうか。

 さっきガイアは五大神と名乗っていたが、五大悪神とは、似ているだけで全く違う存在なのだろうか?


「――五大悪神かぁ……。たしか……カオスちゃまが封印ちゃれちゃってからは、あいつらが暴走しちゃって、そんな風に呼ばれるようになっちゃったんだっけ? あんまり昔のことは覚えてないのからなぁ……。まぁ、でも、たぶんあんたの言う五大悪神のガイアはわたちのことだと思うわよ」


 ――うーん。

 全く話しについて行けない。

 結局のところ五大悪神は世間が付けた二つ名なので正直よく分からないと言うことなのだろうか。

 話が難しすぎて、全くついて行けない。


「――五大悪神。正直、私ごときではとても勝てる相手とは思えませんね。むしろ、先ほどの一発すら防げたのが不思議なくらいです」

「だーかーらー。さっきも言ったけどこの世界だと、いつもの力のほんの少ししか使えないの! ったく話聞いてないのね、あんた。それよりはやく戦いまちょうよ」


 いや。

 さっきの長い自己完結の独り言の内容をしっかりと聞いているような人などいないだろう。

 よく聞いてなかったエマが普通だ。


「――なら、それが唯一の救いですね。リエ、アオイ君は任せましたよ! 」

「任せて!」


 あえてそれをもう一度言ってきたと言うことは状況を見て、葵を連れここから離脱しろということだろう。


 ……はぁ。そんなこと、私がするわけないじゃない。

 エマもまだまだ私のことを分かっていないわね。


「準備まだー? 早くしなさいよ」

「大丈夫ですよ。五大神が一柱、ガイア様! 」

「お!? いいねぇー。五大悪神より五大神の方が好きなのよねー。わかってるじゃない。じゃあ、先手は譲ってあげるから、どこからでもかかってきなさい! 」

「ありがとうございます。それでは行きますよ! 調和の大春車斬ラジアンス・ブレイド!!! 」」




 私は、エマとガイアの戦闘が始まったのを見届けると、葵を抱きかかえたまま少し離れたところまでやってきた。

 抱きかかえたままといってもハグしたままではとても動けないのでお姫様抱っこのような格好でだ。


 ――本当は逆がよかったけど、この際文句は言ってられない。

 私は、エマとガイアとの戦闘場所から数十メートル離れたところまでくると止まり、近くにあった木の幹に葵をもたれかけさせた。

 本当は私がゼロ距離で守ってあげたいのだけど、そうも言ってられない状況なのでしょうがない。


 今、ここからでは戦闘の様子は見れないのでなんとも言えないけど、戦闘の音が聞こえると言うことはまだ継続中なのだろう。

 

 ……さっきのエマの反応が気になる。

 五大神や五大悪神という存在はいったいどのようなものなのだろうか。

 エマはとてつもなく強い。

 一部の技は真似できている私でも、おそらく足下にすら及ばない。

 そんなエマが五大悪神と聞いたとき、顔をしかめた。

 一瞬のことだったけど、私が決断するには十分な時間だった。


 ――あの顔は負けを想定している。

 自らが犠牲となって時間稼ぎをし、私達を逃がす作戦なのだろう。

 しかし、私はそれを許さない。


 ――なぜなら……帰り方が分からないからだ。

 まぁ、それは半分冗談で半分本気なのだが、一番の理由はもちろんエマを捨てるなんてことできないからだ。


 葵を確定で救えるのならそれも辞さなかったかも知れない。

 とは言ってもそれはタラレバの話だ。

 そんなわけで、唯一の葵を救う方法がガイアをなんとかすることだけになったので、こうして葵を木の幹に預けることにしたのだ。


「またね、葵」


 私はしゃがんで、木の幹にもたれかかって座っている葵と同じ背丈になると、葵の頬に手を当て、葵のぬくもりを感じながらそう笑いかけた。


 ――勇気をもらった。

 ――いける気がしてきた。

 ――葵がここにいる。


 私は『絶対に私があなたを守り抜いてみせる』と葵に誓った。

 ――私が守ってあげなくちゃ。これまでも、これからも。

 私、速水りえがあなたを、立花葵を守り抜いてみせる!

 それに……。


 「――葵……。少しくらい、私にも恩を返させてね」


 ――私はずっとため込んでいたことを口にすると、一度も振り返ることなくエマのもとへ全力で向かった。

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