第72話
「……一応聞いておくけど、それってどういう意味で言ってる?」
「どうもこうも、そのままの意味ですよ」
上郡は膝に顔を
どうやら、合理主義のお嬢さまは酒にあてられて随分と上機嫌らしい。
随分と可愛げのある酔い方をするじゃねえか。
「せんぱいといると飽きないです。どれだけ
「そうくると思ったよ!」
やっぱりこいつ可愛くねえ。
跳ねっ返りだの起き上がり小法師だの、散々な弄ばれようだった。毎度律儀にツッコんでしまう俺が悪いのだろうか。
ファイティングスタイルを見直しすべき時が来たのかもしれない。
しかしファイティングスタイルと言う観点では、その特殊さに関しては上郡もなかなかのものだろう。
ふと疑問が湧きたつ。
彼女はいつから
「上郡って、昔からそんな感じなの?」
「……? そんな感じとは?」
さも、わたし何か変ですかとでも言いたげな表情であった。
変じゃないところを探す方が難しいと思うが、それを正直に言うと罵倒を倍返しされそうなので黙っておく。
「いやさ、そのロジックを極限まで突き詰める感じとか、人をいじるのに容赦ない感じとか、そういうとこの話だよ。お前って高校とかでもそういうストロングスタイル貫いてたのかなって」
「はあ、さすがのわたしも無闇矢鱈に人を弄ったり、貶したりはしませんよ。せんぱい以外にはやりません。相手が可哀想じゃないですか」
「どうして愛澤くんは可哀想じゃないんだろう?」
俺は俺が可哀想だった。
上郡は俺の言葉など意に介さず続ける。
「というか、わたし、そもそも高校時代に友だちなんていませんでしたし。自慢じゃないですが、これでもわたし、ぼっちちゃんだったのですよ」
「本当に自慢でもなんでもない話にその枕詞はいらねえよ。え、ていうかマジで?」
「マジです」
ブイとピースサインをしてみせる上郡。
なんでもない話のようにサラリと言いのけるが、それは割と衝撃的な告白であった。
そりゃ、確かに上郡はお世辞にも取っつき易いと言える性格ではないだろうが、最低限の分別は弁えているし、友だちが作れないタイプではないと思うんだが。現に文芸部には友だちを作っているわけだし。
彼女の言葉をそのまま借りるのならば、友だち自体はある程度は必要って話だったし。
「自分から積極的に作りには動いていなかったってのもありますけどね。これでも、あの頃は今よりもずうっと大人しい性格だったんですよ。自己主張なんかもほとんどしてませんでしたし」
「ふうん」
「それはそれは大人しい、可憐な文学少女だったのです。まあ昔から竹を割ったような性格であったことは否定しませんが」
竹を割ったような性格と可憐な文学少女という表現が両立するのかどうかはさておき、必要最低限以外には多くを語らない性格というのは見方によっては確かに大人しいと言えなくもない。
「でも多感な時期ですし、大学生の立場からしたら何でもないことでも、高校という小さく閉じたコミュニティにいる人間にとってみたら大きなことって往々にしてありますよね。実際のところ、どこが気に入らなかったのか、何が原因だったのかはよくわかっていませんが、わたしのことを快く思わない女子は一定数いたみたいです」
滔々と、それでいて淡々と上郡は語る。それはなんだか他人事のように聞こえた。
そんなに気軽に語ることのできる話だとは到底思えないのだが、しかし彼女にとっては既に過去の話であり、もはや取るに足らない些事なのかもしれない。
「別に、気を遣ったり、気の毒に思ったりする必要はないです。自分から進んでネットワークを作りに行かなかったというのも大きな要因ですから。それに、在学中ずっと迫害されていたとか、そんな悲しい話でもないですしね」
「……そっか」
「それに、
そう言って、上郡は懐かしそうに小さく笑った。
強いなと、素直にそう思う。
救い、という表現を使うくらいだ。少なからず辛いこともあったのだろう。
それでも彼女は、高校生活を悪くなかったと、そう言った。
それは俺にはとても難しいことのように感じた。
あの日々を。
黒く濁った思い出を。
悪くなかったと表現することは、今の俺には到底できそうにもない。
これが、友だちを
上郡真緒と愛澤悠馬の差なのだろう。
「なんだか、ちょっと喋りすぎました。わたし、酔っているのかもしれません」
「……かもな。上郡らしくもない」
「ふふっ、でも酔っぱらうのも意外と悪くないですね。みんながお酒を飲む意味が少しわかった気がします――っと、そろそろ戻りましょうか。それじゃ、せんぱい」
そう言って、抱えていた膝を解くと、上郡は半身を傾け、俺の耳に口元を寄せる。
小さく柔らかな吐息が耳朶を撫でる。ゾクゾクと、言葉では例えづらい何かが背筋を駆け抜けていく。
「明日も、お話しましょうね?」
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