第46話
*
時は七月下旬に差し掛かっていた。
既に梅雨は明け、照り付ける日差しと時折影を作り出す分厚い夏雲の下で、アブラゼミの合唱が真夏の到来を告げる。
まあセミの鳴き声なんぞなくとも、滝のように滴る汗のおかげでとっくに夏を実感しているわけで、なんなら暑さを倍増させるだけの余計なお世話ですらあった。
俺の受講している講義はその半分以上が終了している。それは試験やそれに準ずる課題も順調に消化しつつあることと同義である。少しずつ肩の荷は下りつつある。
しかし目下最大の悩みは解消するどころか日に日に肥大していくばかりであった。
つまり結月さんとのデートについてである。
つーかいつまで悩んでんだよ、俺。
いや、いくつか候補に目星は付けているのだが、イマイチ自信が持てていない。
諦観の入り混じった結月さんの顔、俺との予行演習を『普通』と評した上郡の言葉、それらが脳裏に渦巻いて俺の決断を鈍らせる。
もちろん、上郡にも相談はしているのだが、お世辞にも彼女はごく一般的な感性を持ち合わせているとは言えず、この日に至るまで目立った進展はなかった。
こういう時は一人で悩んでいても解決はしないというのが世の真理である。
というわけで意見を求めることにした。
「なんなんだよあのクソ試験」
隣でうどんをすすりながらぶつくさと文句を垂れる金髪色黒のチャラ男。
友口は全力で眉間に皺を寄せ、そこにいない誰かを睨め付けるように眼光を鋭く尖らせる。
「意味不明な単語ばっか使いやがって。わかるわけねーだろ。習ってねーよ」
「いやゴリゴリ習ったけど。なんなら先週の講義でこの問題は出題するよって教授も教えてくれてたろ」
「授業に出てるとか出てないとか、そういうので区別するのはよくないと思うわ。どんな人間に対しても、様々な手法を駆使して分け隔てなく教え授けるのが教授ってもんとちゃうんか」
「お前は教え授かる権利ないと思うよ」
この様子だとまず間違いなく落単したことだろう。因果応報、代返野郎にはいい報いである。
俺と友口は例によって、講義(試験)を終えたその足で食堂を訪れていた。
試験期間中ということもあってかいつもより混雑する食堂は、しかしそれでいてなお、気持ちばかり静かに思えた。試験に備えてテキストを読み耽るもの、試験結果に一喜一憂するもの、多種多様な感情が入り乱れている。
俺は友口のことを尊敬したりしていなかったりする。いや、もの凄く頭の悪そうな文章になってしまったが、つまるところこいつの長所は長所でもあり短所でもあるということ。
自分が話をしたいと思えば初対面だろうが何だろうが臆せず突撃するし、そうじゃない相手には全く興味を示さない。義理と友情に熱い面はあるが、友だち以外を助けようとはしない。
相手の立場など関係なく、自分のポリシーを常に貫く。
それが友口大輝という男だ。
ある意味ウェットで、ある意味ドライな友口のそんなところは今の俺には持ち得ないもので、少しだけ、ほんの少しだけ憧れる。俺にはそんな割り切りはとても出来ないだろう。特に初対面の相手や意中の異性に対する距離の縮め方はこいつの右に出るものはいないのではとすら思っている。これがコミュ強というやつか。
だからこそ、今回のデートに必要な要素について意見を聞いてみたいと考えたのである。
しかし、こいつは気遣いとは一切無縁の超絶ノンデリ野郎なので、そのまま質問すれば揶揄われること請け合いだった。間違いなくこちらが愉快な展開にはならないだろう。
木を隠すなら森の中。上手く本命の質問を気取られないよう、友口に問いを投げかけていく。
「そういや、前に合コンした子、ミサキちゃんって言ったっけ? あの子とは最近どーなんだ?」
「あん? 何の話?」
「いや、仲良さそうにしてたし付き合ってんのかなって」
「あー」
友口はズズズと大量のうどんを吸い込むとたった数度の咀嚼ののち豪快に喉を鳴らす。窒息しそうな食べ方だった。
「何回か二人で飯食って、それっきりだな。突き合いはしたけど付き合いはしてねえな」
「同じこと二回繰り返しただけに聞こえるけどニュアンスはなんとなく察したわ」
「何で今更ンなこと聞いてくんだよ」
「別に、ふと思い出しただけだよ。ほら、美優姉の友だちだったし」
「ふーん」
友口はなにやら疑りの目線をこちらに向けてくる。こいつの無駄な勘の良さはなんなんだよ。
「ちなみにあの時もう一人いた子、アンナちゃんとも飯食ったけど、さすがハーフ、外国の血はやべえな」
「お前、マジで節操ねえな!」
「バッカ、お前これでもダチの姉貴の友だちだから遠慮した方だぞ。デートだって普段より気ィ遣ったっての」
正確には姉ではなく従姉だという点はさておき、友口には友口なりの尺度を持っているらしい。
遠慮した結果がオーバーナイトってどこの星から来たんだこいつは。
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