第45話

「ええ、まあ。何をやるかはすんなり決まったんですが、思いのほか準備に時間がかかりそうです」

「そっか。本当は俺たちも手伝ってあげられればいいんだけど」


 どんなイベントが行われるかはサプライズ扱いとなっており、二年生以上は合宿が始まるまで知ることはできない。

 もちろん、聞きだして手伝うことも出来なくはないけれど、俺自身テストやら課題やらであまり余裕がないのと、純粋にイベントを楽しみたいという思いもあったりする。


「まあ、マジでヤバかったら手伝うから言ってくれ」

「ありがとうございます。んー、たぶん大丈夫だと思いますけどね。せんぱいにとっても有意義なものになるように色々と調する予定ですので楽しみにしておいてください」

「……了解」


 挑戦的な微笑を浮かべこちらに一瞥寄越すと、再びモニターへ目線を落とす上郡。

 どうやら俺にとってのサプライズ要素が一つ増えたらしい。

 喜ぶべきか、おののくべきか。


 ああ、そういえば。

 美優姉とのは話しておいた方がいいか。思うが否や口を開く。


「あのさ」

「はい」

「……」

「なんです?」


 景気よく切り出したはいいものの俺は言葉に詰まる。見切り発車で話し始めるのは自分の悪い癖だった。

 しかし、なんて伝えればいいのだろう。というより本当に伝えるべきなのだろうかと自問する。


 冷静に考えて、従姉と恋人ごっこをすることになりました、ってやばくね? そんなの聞かされたら俺だったらドン引きする自信がある。

 その相手がたとえ従姉ではなくても大っぴらに話すことでは当然ないだろう。

 それに、上郡からしたら自分以外の協力者がいるというのは、あまり愉快な話ではないかもしれない。なんとなくそう思った。

 まあこれは俺の自意識過剰かもしれないけれど。


「……あ、あー、そういえば前に言ってた上郡がやりたいことってやつ、そろそろ教えてくれよ」

「わたしの目的、ですか」

「ああ、この大学で俺に手伝って欲しいことってなんなのかなって」

「そんなに気になりますか」

「そりゃあ、な。一応、ギブアンドテイクの関係なんだし、相手の最終ゴールを知っておきたいと思うのも当然だろうが」


 多少強引ではあったが話を切り替える。

 しかしこちらも前から気になっていた話には違いなかった。

 彼女が俺に協力する理由は一体どこにあるのか。


 上郡はこちらの様子を窺うようにしてちらりと目線をあげると「んー」と思案顔を浮かべる。


「では、わたしのスリーサイズとどちらか片方だけを教えます、といったらどちらを選びますか?」

「なんだその二択……そこでスリーサイズだなんて答えるやつがいるわけないだろ」

「選ばないのですか?」

「当たり前だろ。大体なあ、スリーサイズなんて知ったところでどうしようもないだろ。数字じゃあ白飯は食えねえよ」


 というかスリーサイズの方を選ぶと思われているのが心外だった。


 上郡は意外そうに首をかしげると、そっと胸元に手をやり、の輪郭を形どるようにさわさわと動かす。


「服の上からだとわかりづらいかもしれませんが、わたし意外とあるんですよ」

「なにがあるんでしょうか!?」

「だいぶ揺れてるじゃないですか。白飯食べる気マンマンじゃないですか」


 興味を否定することは難しかった。

 男としての宿命である。


「ではそれを踏まえてどちらを選びますか? はいどうぞ」

「……………………も、目的の方で、お願いします」

「ほう、むっつりさんにしては頑張りましたね。まあ元々スリーサイズなんて教えるつもりはないのですけど」


 おいこら、年上を揶揄うな。


「うーん、今はまだ具体的なことは言いづらいんですよね。とりあえず、とある探しものを見つけること、とだけ言っておきましょうか」

「なんだそりゃ」


 結局のところ肝心の部分はいまだ隠されている感じだった。

 探しものってのが何かという点はもちろん気になるが、そもそもとして、それのどこに俺の力が必要になるのだろうか。

 まさか埋蔵金や秘伝の書を探せといった話ではなかろう。

 俺には特殊な頭脳も体力もないというのは俺自身が一番わかっている。


「ま、時間が経てばそのうちわかりますよ」


 それっきり上郡は口を開くことはなかった。

 現時点ではこれ以上何も言うつもりはないという明確な意思表示。


 こうなったら何を聞いても無駄だろう。俺もあきらめて視線を自分のモニターに落とす。

 真っ白なワードファイルが画面いっぱいに拡がる。

 課題を終えるまではまだしばらく時間がかかりそうだった。

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