第47話
「つーか、お前の言う気ィ遣ったデートって、具体的に普段と何が違うんだよ」
「ん? まー、車道側に立たせないとか、相手の行きたいところに行くとかそんなのだけど」
「逆に普段はやってないのか……」
「やるべき相手にはやるし、やらなくていい相手にはやらねえってだけだ。
「……こいついい性格してやがる」
「つーかよ」
友口は半分ほど水が入ったコップを揺らしながらこちらを指差す。
「なにお前、デートでもすんの?」
「げほっ」
俺は口に含みかけていた水を盛大にのどに詰まらせる。
自分で言うのもなんだが漫画のようなタイミングのむせ方だった。
今はただ、目の前の友口に吐きかけなかった自分を褒めてあげたい。
水にぬれた口の端を拭い、冷静さを繕いながら顔を上げる。
「なんだお前、藪から棒に」
「愛澤ってこういう話苦手じゃん。この手の話になるといっつもヘラヘラ笑うだけだしなァ。そんなお前がいやに首伸ばして突っ込んでくるじゃねえのよ。こりゃなーんかあるだろ」
君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
調子づいた友口の勢いは止まらず、ニヤつきながらこちらに身を乗り出してくる。
「ええオイ、言ってみろよ。誰だ、誰と行くんだ? あのちっこい娘、上郡さんとか言ったっけか。あそこらへんか? 飲み会の時もアイコンタクトしてたしなあ」
当たらずとも遠からずなのが恐ろしい。つーかこいつ反対サイドのことまでよく見てやがる。
実際、上郡とはデート(仮)をしたわけで、ここで否定するということは嘘をつくことに近い。
そして俺は嘘が苦手であった。俺の感情の機微など友口にはすぐに見透かされてしまうだろう。
故に、答えは沈黙。それこそが最善手。
俺は黙ってコップに口をつけるも、既にコップに水は残っておらず、ただ空気を飲み込む。
「……」
「んー、もしくはあの姉ちゃんか? だけど姉貴と出掛けるのをデートだなんて言わねーよな……おい、正解教えろ」
「バカなこと言ってねーでさっさと飯食え」
妙に鋭い友口ではあるが、なぜだか結月さんという選択肢はないようだった。単純に思い浮かんでいないのか、そもそも選択肢から消しているのかは定かではないが、いずれにしても俺としては僥倖だ。
このままダンマリ決め込んでしまおう。友口のことだ、次に会うときにはすっかり忘れているに違いない。
しかし得てしてそういうときに限って、狙い澄ましたように、タイミングを見計らったかのように運命は転がるのである。
「あ、愛澤くんに友口くん、やほ~!」
俺たちと同じ経済学部に所属する結月実里、その人であった。
パンツルックにノースリーブと涼しげな出立ちの美人がトレーを両手に抱えながらニコリと微笑む。
「おお、実里ちゃん! 久しぶり〜! 相変わらず可愛いね!」
「ありがと~! 友口くん飲み会以来かな? そっちは相変わらず元気そうだねっ」
友口と結月さんが楽しげに陽キャトークを交わす。
かと思うと、トレーを持ったまま器用にこちらの顔を覗き込んでくる。
「ん、んん~? 愛澤くん、挨拶への返事がないなあ?」
「……おっす」
結月さんの圧に屈する。いや圧に屈するというか、元から挨拶しようとは思ってたよ? 二人のテンションに混じれなかっただけなんです。
結月さんと話すのは、思えばかなり久しぶりだ。部室にはあまり顔を出していないし、飲み会で一緒になることもなかったので、それこそ直接顔を合わせたのは友口と同じく例の飲み会以来かもしれない。被っている講義の情報をSNSでやり取りしたくらいか。
別に避けてたとかそういうことは全くなくて、純粋に会うタイミングがなかっただけなのだけれど、来週には二人きりで出掛ける予定を立てていることもあってなんだか少し気恥ずかしい感じだった。
「さっきの中級統計学の試験、どうだった?」
「友口くんが見事にやってくれました」
「派手に花火を打ち上げたぜ」
「あはは〜、あれは授業受けてないとどうにもならないからねえ」
「結月さんは今から昼飯?」
「うん、試験終わりに教授にわからないこと質問してたら遅くなっちゃった」
さすが優等生である。おそらくは受かったであろう試験の復習にも余念がないとは、どこかのアホに爪垢でも煎じて飲ませるべきだろう。
「じゃ、友だち待たせてるから行くね」
「えー、一緒に食べないの?」
「あは、ごめんね! また今度飲もーっ? 愛澤くんもまた
結月さんは最初から最後まで明るく去っていった。
あの夜に見せた表情がまるで嘘のように思える。
あれは、夜空に瞬間煌めいた流れ星というべきか、あるいは晴天に差し込んだ夏雲か。
「また来週って……お前、もしかしてもしかすると実里ちゃんとデートすんの?」
「あ”っ」
結月さんめ、余計なことを。
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