第48話
「おいおい、噂のかけらすらねーと思いきや、お前いきなりすげーとこいくじゃねえか。よりによって、
「別にそんなんじゃない。ただ二人で遊びに行く、ただそれだけだよ」
これ以上誤魔化すのは難しいだろうと判断する。
しかし友人のことを表現するにしては、友口のそれは随分と大仰に感じた。
まるで誰も手が出せない禁忌に足を踏み込んでしまったかのような言い方だった。
「なんというか、あの子って独特の近寄りづらさがあるだろ。そりゃあ、この大学の中じゃあ間違いなく一番の美人だし、性格もめちゃくちゃいいんだけど、ラスト数マイルには絶対踏み込ませない謎の壁があるんだよな」
「ああ……それには同意するけど」
「そこらのモデルよりよっぽどハードルは高いと思うぜ。ま、俺なんかよりは可能性はあるだろうし、お前が本気なら止めねーけど」
「いやだから本気とかそういうのじゃないって」
「わーってるって」
しかし言葉とは裏腹に友口は生暖かい視線を向けてくる。まず間違いなく理解しているやつの表情ではなかった。
俺が照れ隠ししていると思い込んでいるのだろう。相手にするのも面倒になってくるが、誤解されたままの方が後々喉元を締めてくると予感する。
「話の成り行きで二人で遊ぶことになったんだよ。別にお互い、惚れた腫れたの話じゃない。付き合いたいとか、そういうことは考えてないよ」
実現可否はさておいたとしても、そう考えることがまずもって恐れ多い。
自分が彼女と付き合うに足る人間だなんて、そこまで自分自身を過大評価することはない。
空気から俺の真意を漸く感じ取ったか、友口はつまらなさそうに頬杖をつく。
「はあん、成り行きねえ。なんだ面白くねえな」
「お前を楽しませるためにやってるわけじゃねえっつの」
「つーか、実里ちゃんとデートに行く成り行きってどんな成り行きよ。どんな口説き方したらあの子をデートに誘えるんだか」
「うーん、大した話はしてないんだけどな。ただ、心の底から笑ってる結月さんを見てみたいって伝えただけ」
「お前、やっぱバグり散らかしてんな。完全に口説いてんじゃねえか」
こいつ最高だわ、とゲラゲラ腹を抱え肩を揺らす友口。
「ははーん、それで約束したはいいものの、どういうプランを組めばいいかわからず、百戦錬磨、百発百中、百獣の王であるこの俺からデートのコツを訊き出そうとしたってわけか」
「いつの間にライオンキングになったんだお前は」
「俺は夜のライオンキングだ」
友口は真面目くさった顔でそう宣う。
俺のことバカにできないくらいこいつもバグってると思う。
「……まあ、そういうことを考えなかったわけでもなくもなくもない」
「あ? どっちだよ」
「とにかく、今こそ星の数ほど繰り返してきた代返の借りを返すチャンスだぞ友口。どうする友口」
「知ってるか愛澤、星の煌めきなんてのは数百年、数千年前の光が今になって俺らの目に届いてるってだけに過ぎないんだぜ。今はもう、そこに星はないのかもしれねえ。ま、そういうことだ」
「そうか、つまりお前の代返をしてくれる星はもうこの世界にはないということだな」
「すみません、調子こきました……つっても、俺も大したアドバイスはできねえと思うけどな」
困ったように頭をポリポリと掻く友口。
確かに、こいつ爛れた恋愛しかしたことなさそうだもんな。
「デートスポットとかはぶっちゃけよくわかんねーや。どこに行ってもやることは変わらねえし」
「なんか……悪かったな。俺が言えた義理じゃないけど、お前もロクな恋愛したことなかったんだな。ヤリチンはそういうのもお手のものかと思って過大評価してた。お前みたいなヤリがついてるだけのヤリチンもいるってことに気づかなくてごめんな」
「お前、俺には何言ってもいいとか思ってない? ちげーって、いや違くはないんだけど、本質はそういうことじゃないだろって話」
一呼吸挟み、友口は続ける。
「いいか、実里ちゃんを心から笑わせたいんだろ? 裏を返せば、今は心から笑えてないってことだ。それがなぜかは俺にはよくわかんねえ。たぶんお前の方がわかってるんじゃねーの? つまり、どこに行くかってのはこの場合そこまで重要じゃねーんだ。どんなものであっても、お前がプランをしっかり練って、本気の思いを
友口から本気の言葉を聞くのは久しぶりだった。こいつなりに真面目に答えてくれているのがよくわかる。
なんとなく、本当に朧げにだが俺がすべきことが見えた気がする。
現実主義の結月さんはいつだって一歩引いたところにいる。だったら、それを引き寄せてしまえばいい。小手先ではなく全力でぶつかる、友口はそれを言いたいのだろう。
「ありがとう、友口。助かったよ」
「おう。なーに、俺だっていつもプラン練って、本気でぶつかっていくからホテルまで漕ぎ着けてるんだ。お前も本気になればホテルまで行けるさ。頑張れよ」
「台無しだよ」
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