第49話
*
ところで、夏に入る前にどうしてもしておかないといけないことが俺にはあった。
いや季節的には既に十分夏に入っているのだが、俺の中の夏の基準は夏休みに突入しているかどうかであり、課題を一つ残している現状もあって判定的には夏未満だ。いつまでも小学生気分が抜けていないとよく言われるがこればかりは小さい頃からの刷り込みなのだから仕方ない。
学校が終わって夏休みに入れば夏だし、冬休みに入れば冬、春休みに入れば春。四季の感覚なんてきっとそんなものだろう。理論上、秋だけがいつまで経っても行方不明のままではあるが、実際問題秋なんてないに等しいので気にしない。20℃オーバーから一気に10℃近くまで下がるのやめてほしいよね。
ちなみに試験自体はすべて終わっており、残る一つの課題を提出しさえすれば無事前期は修了である。
そういう意味ではもはや気分的には夏休みと言っても差し支えなかった。ということは既に夏なのでは?
だなんて御託はともかく。
上郡に苦言を呈された――服の購入である。
ちゃんとした、オシャレな服の購入である。
まず自己弁護させてもらうと、自分でもこの服装はないだろうという自覚はあったが、本当に服がなかったのだからどうしようもなかった。しかし事情はどうあれ、面と向かって事実を突きつけられるとさすがに堪えるものがある。
結局のところ、面倒くさがって買いに行かなかった過去の自分が悪いことに変わりはない。
後悔先に立たず、いつだって一番恥ずかしい思いをするのは現在の俺自身なのである。いい加減にしろ過去の俺!
いずれにせよ、もう二度と服のセンスが悪いだなんて言われないよう、早急にレパートリーを確保する必要がある。
「にしても珍しいね、あんたが買い物に付き合ってほしいだなんて」
そういうわけで、美優ちゃんに助っ人を依頼したのだった。
美優ちゃんと会うのは俺の部屋ばかりだったということもあり、これまで俺の服装に対して何か指摘をしてくることはなかった。しかしそれは単純に彼女が他人のファッションにはあまり興味がないタイプだったというだけの話だ。
美優ちゃん自身はいつ見てもパリッとした綺麗な格好をしていたし、それはとても似合っていた。俺はファッションのことはよくわからないけれど、今日だってモデルのような出で立ちであり、隣を歩くのは正直にいえば緊張する。
そんな美優ちゃんだからこそ、ファッションセンスは間違いないのだろうと確信していた。
自分のセンスに自信がないというわけでもないのだが、折角買うのであればよりハイレベルから意見をもらって然るべしと考えたのだ、などと言ってみる。
「悪いね、助かる」
「今まで地味で古い格好でも気にしてなかったくせに、一体どういう心境の変化?」
「いやあ、さすがに新調しないとなって。もうすぐ合宿もあるし。遅めの衣替えだよ」
俺たちは新宿のとあるショッピングモールを二人してぶらついていた。この間、上郡と訪れたあの場所である。あれからまだ一ヵ月ほどしか経っていないのだが、なんだか随分と昔のことのように思える。
ちなみに結月さんとのデートのことは言っていない。
俺が言うのもこっ恥ずかしい話ではあるが、彼女は割合独占欲の強いタイプのようで、言うなれば彼女の手によって治療中の身である俺がほかの女子と二人で出歩くとなると、まず間違いなくいい顔はしないだろう。そしてその先にはまた面倒ごとが待っているだろうと容易に想像できる。
それはきっと従姉としての嫉妬、姉としての嫉妬、なのだと思うのだけれど、今まではそうに違いないと思っていたのだけれど、先日の我が家での一件もあり自信は揺らぎつつあった。
夜中にふと、美優ちゃん、俺のこと好きなのかな、だなんて考えが眼前をよぎり、ぬわーーっっ!! と枕に顔を押し付けて悶絶したのは一度や二度ではない。
中学生かよと思う。
なんだろう、俺って思春期なんだろうか……。
「あっ、間違えた」
「え?」
ウィンドウショッピングをしていると、不意に美優ちゃんが呟き、足を止める。
んんっ、と小さく咳払いをするとパァッと表情を一変させる。
……なんだろう、この後の展開が予想できるんだが。
「嬉しいなっ、悠くんから買い物に誘ってもらえるなんてっ」
「今さらその言いなおしは無理があるだろ」
「綺麗でカッコいい服をたくさん持ってるのに、新しいお洋服を買いに行くだなんてすごいね!」
「嫌味にしか聞こえない!」
「どういう御心境のお変化でいらっしゃるのかしら?」
「結局丁寧な言葉で煽ってるだけだろ、もはや」
「……ああ、もうっ! この喋り方めんどくさいっ! なんでこんなことさせるの!」
「どういうキレ方だよ。情緒が怖いよもう」
予想通りだった。
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