第53話
「えー、前に彼女いるか聞いた時はいないって言ってたのにぃ! どーして言ってくれないんですかあっ!」
黒川は口を尖らせ、ともすればオーバーに思えるほど大きくリアクションをとる。
後ろからブーブーとブーイングが聞こえてきそうな口調ではあったが、しかし声色自体にこちらを責めるような棘は不思議と感じない。いやまあ、そもそも責められる謂れもないんだけどね。
しかしだ。俺は頭を振って気を取り直す。
美優姉には申し訳ないが、知り合いに誤解を与えてまで恋人ごっこを続けるつもりは俺にはなかった。
「だーから違うんだって。こっちは
「え〜、そんなに恋人よろしく腕を組んで、ですかあ?」
「これは……こうして歩くのがクセになってんだ。じゃないとすぐ迷子になっちゃうからな、美優姉が」
「おい」
我ながら苦しい言い訳だと思ったが、さすがに恋人ごっこをしていたなどとは口が裂けても言えなかった。
いや、口が裂けるか言うかの二択だったらさすがに言うとは思うけれど。
こちらを睨みつけてくる美優姉をどうどうと制する俺。
そんなこちらの様子を目を細めてじっと見つめていた黒川だったが、スイッチが切り替わったかのようにパッと表情を明るくする。
「あはっ! ごめんなさい、ちょっと揶揄っちゃいましたっ! 前にもお話されてましたもんねぇ、年の近い従姉さんがいるって。それにしても、お二人とも仲がいいんですねっ! 羨ましいですっ!
キラキラと純真無垢な眼差しをこちらに向ける黒川。
しかし話している感じ、美優姉が俺の従姉であると最初から気づいていたような節を感じる。
そう考えれば、黒川の不思議な態度にも合点がいく。
「黒川さん、って言ったわよね? 勘違いしないでほしいのだけれど、正しく言えばあたしが姉で、こいつはあたしの弟。残念ながら、悠馬はひと様の兄になれるほど立派な人間じゃないわ」
「正しくは弟でもねえけどな」まあ似たようなものではあるが。
「え~っ、そんなことないですよぅ! ゆうま先輩はいっつも優しいですし、嫌なことをしたり、嘘ついたりもしない、まさに恋の理想のお兄ちゃんって感じなんですっ!」
俺の代わりに憤慨する黒川。わかりやすく頬を膨らませ、ダンッと足を踏み鳴らす。ともすればぶりっ子とも取られがちな仕草ではあるが、ポーズと見た目が完璧に釣り合っており特に違和感を感じない。
一歩も引かないどころか前に飛び出さんばかりのスタンスに、あの美優姉も若干のたじろぎを見せていた。
彼女はバイト先でもこうだ。基本的に自分の主張を引かせることはない。その点でいえば上郡と似たタイプかもしれない。
しかしタイプは同じでも波長が合うことはないだろう。合理性の塊である上郡と感情を起点に物事を考える黒川とでは話は永遠に平行線をたどりそうだ。
ともかく、黒川の中での俺の評価はエラく高いようだった。
正直なところ過大評価も甚だしいのだが、どれだけ訂正しても謙遜しても全く効果がないどころか逆に上がっていく一方なので、最近ではあえて口を挟むこともなくなっていた。
黒川は常にこのテンションでぶつかってくるということもあり、こちらとしては距離感を測りかねる面はありつつも、ここまでストレートな感情を送られると、まあ、なんだ、悪い気はしない。
というか普通に嬉しい。
とても嫌味な言い方になるが、JKに懐かれるというのはかなり気分が良かった。
それも、俺のことを異性として見ているのではなく、純粋に兄のように慕ってくれている感じがして、俺を悩ます心の敷居も気持ちばかり低くなっているような気がする。
……何故ここまで気に入られているかは未だによくわかっていないが。
黒川と話していると妹がいたらこんな感じなのかな、だなんて想像してしまう。
現実に妹がいたらまた話は違うのだろうが、そう思わせてしまうほどの
「お二人のお買い物のお邪魔をしてもアレなので、そろそろお暇しますねっ! ――っと、その前にゆうま先輩っ、一個だけ聞いてもイイですかっ?」
「ん、どうした?」
「先輩って、
そう尋ねる黒川の表情にはにこやかな笑顔が依然として貼り付いている。
しかし質問の意図が見えてこなかった。彼女は何が聞きたいのだろう。
確かに一ヵ月ほど前にも来たことには来たが、あくまであれが初めてであり、今日が二度目の来店だ。
『よく来てる』という表現にはきっと当てはまらないのだろうと判断し、俺は何を考えることもなく素直に答える。
「……いや、別に
「――いえ、なんでもないです! ありがとうございましたっ! またバイトで会いましょうね~! お姉さんもさよならですっ!」
「……おう、またな」
「……さようなら、黒川さん」
黒川は言いたいことを言いきるとブンブンと大きく手を振り、そのまま勢いよく駆けていった。その後ろ姿は雑踏に飲み込まれ、あっという間に見えなくなる。
嵐みたいなやつだった……。
女子高生の持つバイタリティとでもいうのだろうか、兎角そのエネルギーに圧倒された俺と美優ちゃんは、少しの間そこに立ち尽くしていた。
レストランフロアに向かうことも忘れて。
*
「――そっか、この女でもなかったか」
「ゆうま先輩、絶対に嘘をついてないって――信じてますから」
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