第7話

「はえ〜、美女美男の一族なんだねえ」ミサキちゃんが感心したように声を漏らす。

「ありがとうございます。ミサキさんもとてもお綺麗ですよ」

「こら、あたしの目の前で堂々と友だちを口説くな」


 一応、書き記しておくと、美優姉も茶髪ロングの利発そうな顔をした正統派美人である。どエライ美人という表現には……多分漏れないと思う。これ以上は気恥ずかしいので勘弁してほしい。

 なんせこっちは10年以上見続けている顔なわけであって、今さら容姿を褒めるというのもなんだか変な感覚だ。


「美優もスミにおけないな~、こんなイケメン隠してたなんて」

「ホント、そ。ゼミでは報連相の鬼のくせして肝心なことは言わないんだもんね~」

「ねえやめてそのいじり。こいつはただの従弟だし、ただの天パだってば」

「天パ関係ねえだろ」

「愛澤チャン、普段は美優ちゃんって呼んでるん? なんか可愛くてイーネ!」

「俺のことも大輝ちゃんって呼んでいいぞ愛澤」

「黙らっしゃい!」


 予想通りというかなんというか、合コンはもはや俺と美優姉をいじる場と化していた。ほとんどが初対面という状況の中でこうした共通の話題が転がり込んできたのだから、飛びついてしまうのもやむを得ないとも思う。

 仮に俺と友口の立場が逆だったら間違いなくいじっているし、友口のことは責められない。

 そういう仲の深め方もありだろう。思う存分俺をダシにして親交を深めるがいい。


「まー、こんな美人さんが身内にいたら女のハードルあがるわなあ。童貞なのも仕方ねーよ気にすんな」


 まあそれはそれとして、普通にムカつくから友口こいつはあとで蹴り飛ばすけど。

 一応気を使っているのか、女性陣に聞こえないレベルのトーンで囁いてくるのがガチ感出てて余計ムカツク。


 その後もトークの中心はミサキちゃんだった。ミサキちゃんがいじり、美優姉が照れたように拗ね、金髪美女――アンナさんが楽しそうに笑う。それはとても自然な関係に見えた。きっと普段から彼女たちはこうして笑いあっているのだろう。

 俺としては、美優姉が友達にはも知っているし、普段であればもっと遠慮なく言うことを言うタイプということも理解しているからこそ、いつもの美優姉とは違う少し猫を被った一面を垣間見ることができて新鮮な気持ちになる。


 ちなみに俺はテーブルの端で微笑みBOTと化していた。多少いつもの軽口やつを挟む場面はあったが、身内の前で臆面もなく連発できるほど面の皮は厚くなかった。

 兄妹がいないから気持ちがわからないというやつは母親が来ている授業参観を思い出すといい。恥ずかしくて調子こけないだろ?


 *


 そのままつつがなく一次会は終了。合コンの経験が多いわけではないがそれなりに盛り上がった方なのではないだろうか。

 二次会にも誘われたが、俺と美優姉は固辞。美優姉も楽しそうにはしていたが、俺と同じでやはりどこか気恥ずかしさも抱えていたのだろう。俺たちはメンバー4人と別れて駅に向かい歩き出す。


「あ~、肩凝った。悠馬、揉んで」

「ここでかよ、無茶言うな」


 は億劫そうに肩を回した。

 その足取りは割合しっかりしている。


「美優ちゃん、余裕そうだね」

「だーれがこんなもんで酔っぱらうんだっての。ジャリガキに酔いつぶされたとなっちゃ鳥羽原家の恥よ」

「かっけぇ~。いやあ、それにしてもまさか美優ちゃんと合コンで遭遇するとはね。よく行くの?」

「そんなわけないでしょ。あたしがどういうタイプかはあんたが一番よく知ってるくせに」

「そうだよな、美優ちゃんは家で胡坐かいて芋焼酎ラッパ飲みするタイプだも――いってえ!」


 割と本気の蹴りを食らう。ほんとのことなのに。

 小さくないダメージを受けている俺を尻目に美優ちゃんはすまし顔だ。

 どうやらミサキちゃんに半ば強引に誘われたらしい。俺と似たような参加の仕方であった。


「あたしからすればあんたがあんな場に来てたってのがよっぽどビックリよ。どういう心境の変化なわけ?」

「……別に、成り行きだよ。大した話じゃない」

「ふぅん、あっそ」


 ほんの少しだけ言いよどんだ俺の顔を、前を歩く美優ちゃんが半身で振り返りながら覗き込む。

 もしかして俺のことを気遣って一緒に帰ってくれているのだろうか。


「ま、いいわ。早く帰りましょ。9時から見たいドラマあんのよ」


 そっちが本命だったか。


「ん? 別に美優ちゃんちなら余裕だろこの時間なら」


 鳥羽原家と、ついでに愛澤家は東横線沿いに居を構えている。渋谷からなら30分とかからないだろう。

 今は夜の8時過ぎ。どれだけノロノロ帰っても間に合わないことはないはずだ。


「は? あたし今日うち帰らないけど」


 さも当然のこととばかりに、事も無げにそう言い放つ。


「あんたんち泊まるから。明日一限からだしちょうどいいわ」


 なにそれ、聞いてないんだが。

 うちの大学と美優ちゃんの大学は割と近所で、美優ちゃんの実家から通うよりも遥に近いのは事実ではあるが、それにしても年頃の娘が従弟とはいえ男の家に気軽に出入りするのはどうなのだろうと思わなくもない。


「またかよ。先週も泊まったじゃんか。なに、また叔父さんと喧嘩したの?」

「うっさい。ジジイの話はすんな」


 大学への通いやすさ以上に理由の大部分を占めるのが叔父さんとのバトルだった。要は家出である。

 これで三週連続。一日や二日で済むならまだ良い方で、長い時は三週間近く居座ることもあった。最近は少しずつ美優ちゃんの私物が増えてきており、もはや半同棲の様相を呈している。

 ちなみにこれを聞いていればわかるだろうが、美優ちゃんに彼氏はいない。

 今年はちょうど新歓期にこのイベントが発生していたため、昼は新入生、夜は怪獣の面倒を見なければならないハードスケジュール。まさに家庭の事情というやつである。

 そろそろ彼氏を作ったらどうかと訊ねてみたが、今はその気がないらしい。手前みそな表現で恐縮ではあるが、ここまでの美人だと下心満載の男も多くて大変なんだろうなと、なんとなく思う。


 うら若き乙女が自室に入り浸っているというのは、字面だけみれば役得以外の何物でもないわけだが、何かと注文を付けてきたり、遅くまで酒に付き合わされたりと、手放しで喜べるイベントではなかった。

 風呂上りの美優ちゃんに興奮するかって?申し訳ないがそれについてはノーコメントだ!


「さ、帰って芋飲みながらドラマ見るよ~。付き合え悠馬!」

「え~」


 楽しそうな笑みを浮かべて俺の手を取り、小さい頃から変わらない力強さでグイグイと歩みを進める美優ちゃん。

 あーだこーだ(心の中で)言いながらも、それでも俺がこの手を離さないのは、きっと俺自身悪い気がしていないからなのだろう。

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