第6話

「そんで、今日来る子ってどんな子なんよ?」


 もう一人の出席者――友口の知り合いである鈴木が友口に尋ねる。俺は彼と初対面だが、先ほど聞いたところによるとテニス部の同期らしい。友口に負けず劣らず日焼けした小麦色の肌に短く切り揃えられた黒髪短髪、笑顔が眩しい好青年であった。

 友口もそうだったが、この二人なら女性には困らないだろう。色白もやしの俺からしたら羨ましい限りである。


「あー、俺もミサキちゃん以外は会ったことはないんだけど、ミサキちゃんと同じで二人とも一個上ってトコだけは聞いてる」


 ちなみにミサキちゃんというのが友口が知り合った女の子である。


「言葉そのまま借りると『どエライ美人さん二人を連れてくよ~~!』だってさ」

「マジかよ~、あがるなァ~」


 鈴木のテンションが目に見えて上がっている。確かにそこまで言い切るということは相当自信があるのだろう。別に深い仲になることを目論んでいるわけではないが、沈んでいた俺のテンションも漸く少しだけ鎌首をもたげ始める。ちなみにこれは下ネタではない。


「じゃあさ、友口はミサキちゃん担当で、あとの二人は俺と愛澤チャンが相手にするってことでイイわけね?」

「いーや、俺は今日そのどエライ美人ってのを拝みにきたわけよ。つまり女の子はすべて俺が相手する。オマエラは酒と飯の注文係だ」


 いや何しに来たのお前。


「ダメでーす。独占禁止法を発令しまーす」

「独占禁止法禁止法を発令します」

「異議あり! 三権分立しているので内閣に立法権はありませーん」

「残念でした~、この世界は三権分立しているようで実は根っこで全部繋がっているので関係ありませ~ん」

「こんなところで社会の闇を再現するな」


 そんな子どもみたいなやりとりを続けていると、女子の話し声とともにいくつかの足音が聞こえてくる。数秒も経たずに個室のドアがガララと開かれた。


「大輝くんごめんね~、お待たせしました~!」

「大丈夫~! 俺らもさっききたとこ!」


 豊かな栗色の髪を揺らした女の子がにこやかに手を振りながら個室に足を踏みいれる。

 ゆるふわ系メイクのとても可愛らしい感じの女性だ。話しぶりからするにこの子がミサキちゃんなのだろう。

 低身長も相まって庇護欲を唆る印象を受けた。パッと見の印象だがきっとモテまくるタイプだろう。


「お邪魔しま~す!」

「失礼します」


 ミサキちゃんに続けて入室する二人の女性。

 一人は目の覚めるような金髪が印象的な美人だった。髪の毛は肩口で短く切り揃えられ、サイドヘアーがかけられた左耳には大きめのイアリングが光る。ぱっちり大きな目には吸い込まれそうな魅力を感じた。

 もしかしたらハーフかもしれない、はっきりとした顔立ちのまごうことなき『どエライ美人』だった。


 もう一人はというと――こちらは有体に言えば心中で描写する必要すらなかった。

 それはもう単純明快、見覚えがあったからである。幼いころからずっと見続けてきた顔だった。なんなら先週も顔を突き合わせている。

 その女性は室内に足を踏み入れるなり一点――扉のすぐそばに座す俺の顔を見つめて固まる。


「えっ――悠馬?」

「……マジか、美優ちゃん」

「えっ、えっ、なになにっ、知り合いっ!?」


 ミサキちゃんが困惑したように俺たち二人の顔を見比べている。

 こんな偶然があるのかよ。さすがにビビるわ。

 おそらく俺と全く同じ感情を抱いているであろうこの女性――美優ちゃんがハァと溜め息を漏らし、目を覆った。


「――従弟なんだ」「――従姉です」


 俺たちの言葉が綺麗にハモる。

 少しの間をおいて、呆れたように友口が呟いた。


「漫画かよ」


 ほんとにな。


 *


『ねえ、悠馬』

 

 それが、彼女が俺を揶揄うときの決まり文句だった。

 親にねだりごとをするような、甘えた声色。


『大きくなったらさ、あたしが結婚してあげようか?』

『――知ってる? 従姉弟どうしなら結婚できるんだよ?』


 今思えば、きっと少女漫画かなにかのセリフを真似したのだろう。

 そう言って悪戯っぽく微笑む彼女は、決まって大人びて見えた。


 美優ちゃん――鳥羽原美優とばはらみゆは俺の父方の従姉だ。より正確に言えば父親の妹の娘である。歳は一つ上だが、家が近かったこと、お互いに兄弟がいなかったこともあり、小さい頃から本当の姉弟のように仲良しだった。

 美優ちゃんという呼び方もその名残である。なんだか甘えてるような感じがして少し恥ずかしいので、外では美優姉と呼ぶようにしているのだが、咄嗟に呼び慣れている呼び方が出てしまった。学校の先生をママと呼んでしまうあの感覚に似た気持ちを覚える。


 思えば、小学生の頃は毎週のように遊んでいた。これを言ったらぶん殴られそうだが、一緒にお風呂に入ったこともあるし、同じ布団で抱き合って寝たこともある。

 さすがに中学生に上がった頃くらいからはお互い多感な時期を迎えたわけで、多少距離感は開いたものの、決して疎遠になったというわけではなかった。親族の集まりなんかで年に数回は顔を合わせていたし、その度に楽しく遊んだ記憶は今でもしっかりと残っている。


『悠馬~、肩揉んで~』


 いつからか甘えた声を聴くことはなくなったが、それでも近い距離で接してくれることは単純に嬉しかった。俺の中ではまさに姉の距離感というのが1番しっくりくる。

 だからJK真っ盛りの美優姉からマッサージのお願いをされても別にドギマギすることなんてなかった。絶対にドキドキなんてしていない。姉がそういうお願いをしてきても面倒なだけ、そうだろ?

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