第51話
結局、服のセレクトの一切を美優ちゃんに委ねることになった俺は、犬にリードを引っ張られる飼い主のように、美優ちゃんの思うがまま、気の赴くままに各店舗を巡っていく。
側から見れば、もしかしたら犬は俺の方なのかもしれないけれど。
美優ちゃんはさすがと言うべきか、服のセンスだけでなく予備知識も豊富であった。
メンズでこの価格帯ならここらへんかな、と連れられた店には、正しく俺が希望する値段で、尚且つ量販店とは明らかに違うモノとわかるオシャレな洋服が並んでいた。
「悠馬は色白だから濃すぎる服は似合わないかな。顔が浮いちゃうのよね。パステルカラーで組み立てるのがいいかな」
俺はまさしく着せ替え人形かの如く、美優ちゃんに為されるがままに洋服を取っ替え引っ替えしていく。
思えば、小学生、中学生の頃は親に同じことをされていた気がする。あの頃はそれが只管に面倒で、早くこの時間が終わってほしいとだけ考えていたものだ。
なんだか懐かしい気持ちを思い出す。
買い物がひと段落ついた頃には、既に俺の両手にはいくつもの紙袋がぶら下がっていた。
さすがに恋人つなぎは解消済みである。というか物理的に不可能だった。
「ま、一旦はこんなもんかしらね」
「いやー、助かった。こんなにちゃんと服買ったの初めてかも。ありがと」
これだけあれば一先ず、結月さんとのデートは乗り切れるはずだ。
資金の問題もあり、今回購入したのは夏服だけなので、また秋口ごろには美優ちゃんの力を借りよう。
そんなことを考えていたのだが、隣を歩く美優ちゃんはどこか釈然としない様子だった。何やら不満そうに口を尖らせる。
「初めてじゃないでしょ。あんたが中学生の時にも同じように買い物付き合ってあげたじゃない」
「ん、そうだっけ」
「JK真っ盛りのこのあたしが、あんたの高校デビューに向けて服を選んであげたってのに。この恩知らず!」
「そうだった……ごめんごめん」
親からもらったお小遣いを握りしめて、美優ちゃんと近所のチェーン店で服を買い揃えた記憶を今更ながら思い出す。当時から彼女のファッションセンスはずば抜けていた。決して質の良い服ではなかったが、おかげで見られる格好にはなっていたと思う。
結局、その高校デビューは失敗に終わったわけで、色々と申し訳ない気持ちでいっぱいになる。まあ厳密に言えば、デビュー自体は成功したのかもしれないが、
彼女の尽力を無駄にしないためにも今度は失敗できないな。心の底からそう思う。
「もうっ、今日のことを忘れたら許さないからね」
「わかってるよ。大丈夫、何があっても忘れない」
「忘れたら針30本呑ませるから!」
「現実的な数字はやめませんか?」
本当にやらされそうで怖い。
もちろん、忘れなければ良いだけの話ではあるけれど。
「えいっ」
美優ちゃんは飛びつくようにして俺の右腕をとり、肘の辺りを自分の胸元に引き寄せる。荷物で両手を塞がれている俺は思わずバランスを崩すが、そんなことはお構いなしに俺の腕を抱き締める。
必然的に彼女が持つ双丘の柔らかさを感じる。
服の上からでもわかる、豊満なサイズ感……。
「今は手が塞がってるから、ね?」
「……さいですか」
悪戯っぽく笑う美優ちゃんに対し俺は曖昧な返事しかできなかった。
ああこれ、わざと当ててきてるな。
彼女の表情からそう確信する。
俺が絶対に忘れないように、強烈な印象を植え付けようとしているのだろう。
……役得だなんて感じてしまう自分がつくづく嫌になる。
「ちょっと遅めだけどお昼にしよっか? 何か食べたいものある?」
美優ちゃんはスマホで時間を確認すると俺を顔を覗き込む。
時間は14時。昼食にしては遅めだが、朝食を9時過ぎに食べて以来なにもお腹に入れていないものだから、すっかり腹ペコであった。
モールの9Fがレストランフロアになっている。
この時間帯なら店も空いていることだろう。俺は首肯する。
「いいね。俺は何でも良いよ」
「ちょっとぉ、何でも良いが1番困るんだけど」
「こっちが晩飯のメニュー聞いても、何でも良いって返事以外貰ったことないような気がするけどっ?」
「それはそれ、これはこれでしょ」
どれがどれだよ。
「じゃあ美優ちゃんは何がいいの?」
「何でも良いわ」
「おい」
ちなみに美優ちゃんの好物はトンカツである。
理由は験担ぎでよく食べていたから。
そんな好きのなり方なんて聞いたことねえよ。
「とりあえずレストランフロアに向かおうか。何を食べるかは向こうで決め――」
「あれ、ゆうま先輩?」
エレベーターの方へ踏み出そうとしたところで、聞き覚えのある声が耳に届く。
それは聞き間違えでなければ、まず間違いなく俺の知り合いであった。
というか俺の名前を呼んでいる時点でそれは確定的に明らかであった。
まずい。知り合いに目撃されてしまった。
言い訳を考える間も無く、俺は声のする方へ顔を向ける。
「……奇遇だな、黒川」
「奇遇ですねっ、ゆうま先輩?」
そこに立っていたのは
俺のバイト先の後輩JK。
俺が今この場で出会いたくないランキングトップ3に入る人物であった。
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