第24話
「も〜、機嫌直してよ〜」
「つーん」
取り付く島もないとはまさにこのことである。
ソファーに横たわり完全に不貞寝モードに突入した美優ちゃんの傍らに正座し、手を揉み揉みとこすり合わせながら女王様のご機嫌を取りに行く。
「お嬢さま、ワタクシめに叶えられる望みはございますでしょうか」
「……じゃ、今度旅行連れてって」
「…………検討っ、しましょうっ」
うう、最近はバイトのシフトちょっと減らしてたからあまり金銭的に余裕はないのだが、背に腹は代えられぬ。労いともてなしの旅行ということで納得しようと思ったが、彼女がここに来た日は割と毎日労いともてなしを与えている気がするのは気のせいだろうか。
「――あのね、あんたが少しは前向きになってくれたってのは、素直に嬉しいの」
小さくポツリと、こちらに顔を向けることなく美優ちゃんが呟く。
それは音の半分近くをソファーに吸収されてしまっていたけれど、確かに俺の耳朶を打つ。
とても悲しい声色だった。
「でも、あたしじゃ動かせなかったあんたの心を他の子が簡単に動かしたってのはね、なんだか悔しい。あたしじゃ、やっぱりあんたの力になれなかったのかなって」
「それは違う。俺は美優ちゃんがいなかったらここにはいない」
それは純然たる事実であり、絶対の確信だ。
彼女が励ましてくれていなかったら、そばにいてくれなかったら、きっと俺の心は未だ深い闇に囚われていただろう。
俺を照らしてきてくれたのはいつだって美優ちゃんだ。
「俺の中ではさ、昔からずーっと美優ちゃんが1番なんだよ。母さん以上に頼りにしてる。美優ちゃん以上に仲良い女の子なんていないし、たぶんこれからも出来ないと思う」
「……嘘つき。
「……トータルでは1番です。これからも頼りにしてます」
ジト目を向けられ痛いところを的確に突かれるが、今の俺には真摯に本音を伝えることしかできない。
美優ちゃんがソファーの上でモゾモゾと身体を動かし、ようやくこちらに顔を向ける。
「悠馬、ホントにこれからもあたしに頼ってくれる?」
上目遣いで問いかける美優ちゃん。うるっとした瞳とほんのり上気して赤くなった頬に思わずドキりとする。
オイオイ可愛いかよこいつ。美人の上目遣いほど破壊力の高いものはない。
彼女のこの表情を独り占めできることに、ほんの少しだけ優越感を覚える。
いつか彼女も大切な存在を作るのだろう。今と全く同じ関係性ではいられなくなる時が来るのだと思うと胸の奥がチクリと痛む。
けれど、今はもう少しだけこの状況に甘えていたい。俺はその未来を引き出しの奥にしまいこみ、見えないフリをする。
「当たり前だろ。どんどん頼りまくるし、俺は美優ちゃんにも頼ってほしいよ。俺と美優ちゃんの関係ってさ、そういうものだろ?」
従姉弟だから、なんて無粋なことは言わない。
俺たちの関係はきっと、もっと深い絆だと信じている。
「ウチでよけりゃ、いつでも泊まりに来てくれていいし、酒だって二日酔いにならない程度なら付き合うからさ」
「……言ったね。言質とったから」
「ははっ、まあお手柔らかにね」
俺は美優ちゃんを安心させるように小さく笑ってみせる。
それでも美優ちゃんは依然浮かない顔だ。
その表情を俺は知っている。
きっとそれは、罪悪感に心を鷲掴みにされる恐ろしい感覚。
「……ごめん、悠馬っ」
「ん、なにが?」
「あたし、あたしっ」
今にも泣きだしそうな顔で、されど何かを言いたげにギュッと握りしめられた小さな拳。
けれどその先の言葉はなかなか出てこない。
もどかしそうに唇を嚙み締めた美優ちゃんは力なく俯き、短い静寂が訪れる。
永遠に続くかのような無音の時間。
けれど、俺は知っている。
この沈黙を破るのは、きっと俺じゃない。
「――――んっ、決めた」
「え、なにを?」
彼女の声が元気よく響き渡る。思わず先ほどとほとんど同じような言葉が口からついて出る。
ガバっと勢いよく身体を起こした美優ちゃんの瞳には決意の光が宿っていた。
先ほどまでの悔恨はもうそこにはない。
眩いばかりの光を放つ美優ちゃん。
「あたし、
「お、おう。ありがとう」
「あたしはあたしなりのやり方で、あんたの
「ちょっ、ちょっと美優さん? 大丈夫? 勢いあまって俺、変な方向に行ったりしないよね?」
「大丈夫。あたし、失敗しないので」
「違う、違う、そうじゃない」
「ふふっ、唇ふさいで何も言わせない、ってコト? でもね」
俺の抗議も意に介さず、美優ちゃんは鮮烈な笑みを浮かべる。
見るものすべてを百発百中で打ち抜くミラクルスマイル。
「止めたって、もう遅いんだから」
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