第23話
*
「あ? バラしちゃったの? なんで?」
日付変わって火曜日のこと。
またも美優ちゃんは我が家に居候していた。
マジで、心の底から"またも"、って感じだ。もはや週の半分くらいはうちにいる。それに対して違和感を感じなくなっている自分がいた。つい先ほど美優ちゃんが来た時にも「ああ遅かったね、おかえり」と思わず出迎えるようなことを言ってしまった。慣れって怖いね。
というかどんだけの頻度で喧嘩してんだよ。むしろ喧嘩状態がデフォルトになっている。
いいのか鳥羽原家。いい加減、叔父さんも反省しろよと言いたい。次に会ったら絶対言ってやると決意する。え、なぜ美優ちゃん本人に言わないかって? 言っても聞かないからだぜ!
「いや、バラしたというか、バレたというか、カマかけられて自爆したというかですね」
「はあ~、マヌケね~」
上郡に女性恐怖症の秘密を知られた件について報告もとい釈明すると、美優ちゃんは溜め息とともに額に手をやり、ソファーに深く沈み込む。
俺は床に正座した状態で彼女の反応を横目で窺う。別に疚しいことをしたわけではないのだが、気分的に正座したくなったのだ。
当然ながら俺の事情を随分前から知っている美優ちゃんは、口ではあれこれ言いながらも、その実俺のことをかなり気にかけてくれていた。
無理に克服を促すようなことはこれまで一度もなかった。俺のメンタルが地獄の底まで落ち込んでいたころには、彼女自身受験生だったにもかかわらず、うちの実家まできて寄り添ってくれたし、大学に合格した後には俺の勉強にも付き合ってくれた。
最初の頃は美優ちゃんの顔もまともに見られなかったし、触れることだってできなかった。それでも、どれだけ俺が冷たく接しても暖かく見守り続けてくれたおかげで、今では美優ちゃん含めた身内の女性に対してだけは何の支障もなく接することができるようになった。どれだけ感謝をしてもしきれない。
時たま発生する肩もみ等のスキンシップイベントも、決して言外には出さないけれど、少しでも女性に慣れることができればという彼女なりの配慮なのではとも思う。
……いや、美優ちゃんの性格を考えるとそれは全く関係ない可能性もあるが、兎角これまで俺を支え続けてくれた人たちにはせめて正直でありたいと思っているし、話せる範囲のことは話していきたいとも思っている。
「で、その子のことはどうするわけ?」
「や、どうもこうもないけど……でも誰かに吹聴するような子ではないから、まあ」
「ふーん、信頼してんだ。へえ~」
美優ちゃんは面白くなさそうに口を尖らせ、グイと足を組む。ショートパンツから覗く生足がひどく艶めかしい。
俺以外の男だったら興奮しちゃってるね。
「ま、一応ね。トラウマ克服に協力してくれることにもなったし」
「は?」
瞬間、空気が明確に変わる。
たった一文字にありったけの怒気が込められていた。
もはや不機嫌さを隠そうともせずガンを飛ばすようにして俺を睨めつける美優ちゃん、いや美優さま。
美しいご尊顔にはわかりやすく青筋が立っていた。ピクピクと目尻が小さく動いている。
やばい、これガチで怒ってるやつだ。
「なんでそうなるわけ? 出会ってからまだ三ヵ月も経ってないただの後輩なんでしょ?」
「んん、それはまあ、なんというか成り行きというか」
取引云々の事を説明するのはややこしい。変に勘繰られても面倒だし、誤解でもされたら上郡にも悪い。
いろいろと逡巡した結果、どう説明すればよいかわからなかったので適当に誤魔化すことにした。
しかし、どうやらそれが余計に気分を逆撫でしてしまったらしく、チッと盛大な舌打ちを向けられる。
「あーあ、そうやって優しくされたらすぐよその女の子に靡いちゃうんだ。あたしの時なんて、昔みたいに接してくれるようになるまでほとんど丸一年かかったのにね。よかったね〜、もう悠馬は十分トラウマ克服してるんじゃない? おめでとおめでとヤリチンくん」
「や、美優ちゃん、あのさ」
「うるさい!」
そう言って不貞腐れたようにソファーに横になりプイと顔を背ける。
こうなっては何と声をかけても逆効果だろう。俺は口をつぐみ、静かに美優ちゃんの様子を伺うことにする。
沈黙が流れる。けれど、美優ちゃんと俺の間の沈黙は全く苦ではない。むしろ彼女が隣にいてくれるだけで心は落ち着く。これは十数年の付き合いによるものだし、やはり俺の中で美優ちゃんの存在は唯一無二だと自覚する。
きっと彼女の方も俺に対し同じ感情を抱いているはずだ。だからこそ、悩みを相談できる相手が他にできてしまったことが気に食わないのだろう。
要するに嫉妬しているのだ。そう考えるとツンツンした態度も微笑ましく思える。
「なんで黙ってんの! ジッと見られるの、なんかキモくてやだ!」
「え〜、うるさいって言ったろ〜?」
早くも前言撤回である。
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