第25話
*
と、まあ美優姉とそんなやりとりがあったのも先週のこと。
あれから美優姉はしばらくウチに来ていない。いろいろと準備があるから! なんてことを言っていたが、俺は一体何をされるんだろう。
まあビビっても仕方ない。どうせ来襲は止められないのだ。二十年以上ともに生きている叔父さんでも止められない暴走機関車を俺が止められるわけないのである。
だったら何が起こるのか、逆に楽しみにしてしまえばいい。
福引を引くような感覚だ。
どう転んでもめちゃめちゃな貧乏くじを引かされるってこたあないだろう。
当たりくじが入っているのかは知らないが。まあ福引なんてそんなものだ。
などと福引なんて引いたこともないのに知った風なことを考えているといつの間にか一週間が経過していた。いや、もちろんそんな益体の無いことばかりを考えていたわけではないが、生産性のあることを考えてきたのかと聞かれると答えに窮する。
大学生なんてだいたいどいつもこいつも酒! 酒! 女! ってな思考回路をしているに違いないのである。実際、俺も女の子がいる飲み会の調整に勤しんでいたわけだし。裏を返せば『ザ・大学生』というレッテルを張られることに反論なぞできなかった。
俺は大学生であり、大学生とは俺である。
うーん、自分で言ってて意味が解らない。
「というわけでウェーイ!」
「ウェーイ!」
友口が高らかに杯を掲げ、乾杯の合図なのかよくわからない言語を発すると、周囲の人間も同調してジョッキを持ち上げ、ガラスとガラスを打ち合わせる。
今日は作戦実行日だ。
大学から数駅離れた居酒屋に男3、女5の計8人、アンバランススタイルで臨んでいる。
これが男女同じ人数だと両サイドにそれぞれの性別が固まり、自然と合コンスタイルになってしまう可能性があると考え、それをヘッジした格好だ。
またあえて8人としたのも、仮に2人が隣同士で話し合ってしまった場合、8人もいればあまり目立たないのではと考えたのである。
これらは全て、俺の目の前に座る上郡の戦略であった。
身内を褒めるようで少し気恥ずかしいけれど、自然な形で結月さんと隣になれるよく考えられた作戦だと思う。
そしてお待ちかね、今回のターゲットである結月さんはというと。
「友口くんの〜? ちょっといいとこ見てみたい〜」
「任せろ!! ゴクゴク」
テーブルの端に腰掛ける俺から最も遠い場所、対角線に位置する座席で楽しそうに友口に酒を煽っていた。ちなみに俺の隣はもう一人の男子である谷中さんだった。
……どうしてこうなった。
「…………」
「…………」
レモンサワーを飲むフリをしながら上郡がジト目を差し向けてくる。
俺はビールを飲むフリと見せかけて本当にビールを飲み視線を誤魔化す。炭酸が胃を圧迫する感覚を無理やり押し殺す。
仕方ないんだ。
言い訳させて欲しい、と目で訴える。
こういう時は到着した人から奥に詰めて座るのが一般的だし、結月さんがいつも早めに到着することもわかっていたから、俺だって早めに家を出たんだ。
けれど駅までの道すがら迷子の子どもを見つけて交番まで送り届けたり、おばあちゃんが辛そうに荷物を運んでいたのを見かけて手伝ったりしていたら、気づけば電車を3本以上逃してしまっていた。その時点で早めに着くどころか待ち合わせ時間すら危うい状況だった。
漫画みたいな展開だが本当のことである。
だから俺を責めないでよ上郡さん!
「あはは、友口くん注いだらお酒消える〜」
「これがハンドマジックです」
「あはっ、ワインも消えるかなあ」
「待って待って待って」
のっけからフルスロットルの結月さんに、ザルの友口ですら流石にストップをかける。
実に自然な形で友口と結月さんが絡んでいるが、実はこの二人は知り合いである。
というより、文芸部の二年生以上はほとんどが友口のことを知っている。
明かしてしまえば単純な話ではあるが、実は去年の一時期、友口は文芸部の一員になっていたのだ。まあ、より正確に言うのであれば入部届を出していたわけではないので、ステータス的には見学に近かったのだが、1ヶ月近く文芸部室に出没していたこともありそれなりに顔は広くなっていた。
たった1ヶ月で俺よりよほど部に馴染んでいた。筋金入りのコミュ強である。
だからこそ今日の会でも積極的にイニシアチブをとってくれることを期待して誘ったわけなので、盛り上げ役としては今のところ満点といえる。
ちなみに参加者は友口以外全員文芸部だ。
『どうするんですか、せんぱい。このままだといいところ全部あの人に取られちゃいますよ』
『仕方ねえだろ、この位置から絡みに行くのは不自然すぎるって』
『じゃあ連れしょんでもなんでもいいから誘わないとですよ』
『女子を連れしょんに誘う男なんていねえよアホか』
『やってみろ愛澤ァ、見せてみろ愛澤ァ』
ちなみにこのやりとりはすべてアイコンタクトである。多少の脚色は混じっているかもしれないがおおむねこんなものだろう。目は口ほどに物を言うのだ。
つかコイツ俺のこと睨みすぎだろ。
隣の谷中さんが無言のまま謎の睨み合いを交わす俺たちをみて困惑していた。そりゃそうだ。
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