第26話

「友口さんって愛澤さんと同じ学部なんでしたっけ?」


 小柄な女子が訊ねる。彼女も上郡と同じ一年生であり友口とは今日が初対面となる。


「おお、そうだよ。俺がいつも面倒見てやってんだ」

「どの口が言ってんだてめえ」


 こいつの代返を何回させられたかわからない。

 そろそろノート写させてやるのやめようかな。もしくは金とってやろうか。


「ねね、二人はなんで仲良くなったの? ぶっちゃけさ、二人が出会って仲良くなる場面があんま想像できないんだよね~」

「ん、か?」


 結月さんの無邪気な問いかけに、だし巻き卵を頬張る友口が首をかしげる。


「だって友口くんと違って愛澤くんって、ねえ?」

「おい、どういう含みの持たせ方だそれは」

「それは確かにそうですね」


 上郡が鷹揚に頷く。

 おーおー、どいつもこいつも好き勝手に言いなさる。

 まあ実際、今までの友だちにあまり友口タイプはいないのだけれど。


「んー、知り合った時のことはよく覚えてねえけど」


 ゴクリとビールを飲み干すと、友口がこちらに一瞥をくれる。


「今みてーによく遊ぶようになったのは去年の――10月くらいだったか」

「ああ……そうだったかな」


 そう、それはまさしく友口が文学部に遊びに来ていた時期だ。


「第二外国語のクラスが一緒でよ。まー、別に最初はそこまで仲がいいわけでもなくて、同じ学部の講義情報をたまーに交換するくらいだったんだけどな」

「交換ってか一方的に提供してただけのような気がするんだが」

「部活でちょっとした事件があってなあ」


 友口は俺の小言を無視して続ける。


「友口くんって――たしかテニス部だったよね」

「そ。俺って高校のときインターハイでもいいとこまでいっててさ、ぶっちゃけクソ強いわけ」


 めちゃくちゃ感じ悪い言い方だが、友口の人柄が為せる業か嫌味には聞こえない。


「んで、ある日うちの部室で先輩たちの財布から諭吉カネが盗まれる事件があってさ。盗まれる直前に俺が一番最後まで部室に残ってたってんで俺が疑われたんだよ。トーゼン、俺はそんなことはしてねーし、そもそも財布盗まれた先輩の一人は俺が部室出た後に財布を置きに戻ってきたらしくてさ。つまり俺は部室を出たのは実は最後じゃなかったってわけ。な? 聞いてて意味不明だろ? これで俺が疑われたんだぜ?」


 思い出すだけでも業腹といった表情でグビッとジョッキを飲み干す。


「俺はその日部室を出た後、練習には顔出さずにウチの近所のファミレスでレポート作ってたんだよ。でも店のレシートは捨てちまってたし、現金で払ったから履歴も残せてなくて、証拠は出せなかったんだわ。ファミレスの防犯カメラなんて見せてもらえるわけもねえし」

「それにしてもその状況で疑われるのはひどいねえ」

「んー、それに関しちゃ、俺が嫌われてたってのはあるな。テニス部の中でもぶっちぎりに強かったし、気に入らない先輩のことは無視してたから。先輩たちとしてもたぶん途中から俺が犯人じゃないってのはなんとなくわかってたんじゃないかと思うんだけど、俺を糾弾できりゃあそれでよかったのかもな」


 こいつはそういう明け透けな性格だ。

 それが人に好まれることがあれば、疎まれることもある。

 個人的にこいつの竹を割ったような性格は割と好きだ。本人にいうと増長するので絶対に言わないが。


「とまあ、俺と先輩たちが大学でそんな押し問答をしてるとこに愛澤が通りがかってよ、流れで事情を説明したんだ。別に助けてもらうことを期待したわけじゃねえ。ただの愚痴のつもりだったんだ。そしたらこのお節介バカ、どうしたと思う?」

「……何をしたんだろ?」


 友口は呆れたような表情を浮かべ、箸でピッと俺を指す。


 やべーだろこいつ。大して仲が良いわけでもない同級生にそこまでするか、普通? まあ、そのお陰で俺の疑いは晴れたんだけどよ、ぶっちゃけイかれてるって思ったし、今でも思ってる」

「……それは確かにやべー、だね」


 ぼそりと結月さんが漏らす。らしくもなく、渋い表情を浮かべている。

 見れば、ほぼ全員が似たような表情でこちらを見ていた。

 特に変わりがないのはすまし顔で淡々とポテトを口に運ぶ上郡くらいのものである。


「だろ? 結局、犯人は部活に全く関係ない外部の人間だったらしいんだけどさ、暫くは先輩たちとも顔合わせたくなくってさ」

「ああ、それで文芸部に顔を出してたんだね」


 谷中さんが納得した表情で言葉を引き取っていった。

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