第97話

『まあいずれにせよ、せんぱいと結月さんの関係を深められるよう、最高の吊り橋効果を目指して頑張りますよ。思う存分楽しんでください』

『楽しむ、ねえ……』


 生憎俺は肝試しやスリルの類が好みというわけでも得意というわけでもなかった。

 俺からしてみれば、そんなものを得意とする方が特異としか言いようがない。


 そんな微妙な心境が表情に出てしまっていたのか、俺の顔を覗き込んだ上郡は不思議そうに首を傾げると、何かを察したかのように頷き小さく口角を上げた。


『おやおや。せんぱい、もしかして本当に肝試しが苦手だったりします? ほんとのほんとに怖がりさんだったりしますか?』

『……はあ? 何をバカなことを。そんなわけがないだろう。俺ほどのナイトウォーカーはいないともっぱらの噂だぜ。噂が噂を呼んでるぜ』

『へえ、なるほどなるほど。残念です、わたしが脅かし役だったならせんぱいの怖がる顔を見られたのに』


 上郡は俺の否定の言葉を信用していない様子だった。


 うーん、弱ったな。全くもって怖いとかそういうのはないのだけれど、これ以上ムキになって否定すると逆にそれっぽく見えてしまうだろうか。

 いやはや心外だ。


 けれどここまで虚仮にされて黙っておくわけにもいくまい。

 俺にも俺の、先輩としての沽券があるのだ。


 そうして俺は高らかに宣言する。


『だから怖くねえって。いいぜ、手を繋いだまま完走できなきゃ、罰ゲームでもなんでも受けてやる。お前はゴール地点で待っているがいい。見せてやるよ、この俺の勇姿を!』



「怖いよ〜! 助けてゆづえもーん!」

「恐ろしく綺麗な即堕ち……! さっきまでの威勢のよさは一体どこに行ったのよ」


 結月さんは呆れを通り越して半笑いを浮かべていた。


 そうなのである。

 実は俺は怖いもの――ホラーや心霊の類が大の苦手なのであった。

 意外に思われるかもしれないが、お化けはもちろんのことビックリ系も全く受け付けないのだ。


 女性の次に苦手と言っても決して過言ではない。

 なんなら、今の俺にとっては残念ながら女性自体も恐怖の対象ではあるから、そういう意味ではほとんど同列なのかもしれない。


「回想シーンでは随分と勇ましく宣言してたみたいだけど」

「回想シーンのことは言うなや!」


 別に回想シーンを口に出していたわけではない。

 当たり前のように人の脳内を読み取らないでほしい。


「散々っぱら格好つけておいて、もったいぶっておいて、どうして今さら素直になろうと思ったの?」

「自分の順番が近づいてきて余裕がなくなりました」


 俺は正直に答えた。

 辺りはすっかり暗くなっている。既に俺たちの前の数組は仲睦まじく手を繋いで出発しており、その後ろ姿はすぐに見えなくなる。

 俺たちを含め、残る数組がBBQをしていたテントの下で待機している。あと四半刻もしないうちに俺たちの出番が訪れる手筈となっていた。待機組の多くは酒を傾けながら談笑しているが、俺はと言うととてもそんなことをするつもりになれなかった。


「愛澤くんが怖いものを苦手っていうのは、なんだかキャラクター像的にはそこまで意外性がないねえ。意外性がないのが逆に意外なくらいだよ」

「別に意外性なんざ求めてねえっての。どーせ俺は怖いものばっかりさ」


 俺がホラーを苦手になったのは小学生低学年のころだったか。

 当時同じく小学生だった美優姉が会う度に怖い話を俺に聞かせてきたことを今でもはっきりと覚えている。その頃は彼女が通う学校、というか地域で怪談話が流行していたらしい。


 取り立ててそういったがある地域というわけでもなかったようなのだが、まあ小学生という小さなコミュニティにおけるブームなんてのは衝動的かつ刹那的で、何が原因で流行ったのかもわからないモノも多い。きっと人気のテレビ番組で小学生の琴線に触れるような怪談が放映されたとか、タネを明かせばそんなところなのだろう。


 美優姉の怪談話で恐ろしかったのはその内容ではなく、怪談自体をにしてしまうところだった。

 たとえば、当時通っていた小学校の図書室に昔亡くなった小学生の幽霊が出るらしいという怪談をしたかと思えば、嫌がる俺を強制的に連行したうえで友だちと協力して幽霊のフリをして俺を脅かしたり。

 あるいは寝ている間に布団の中にお化けを召喚する呪文があるんだよと言って嫌がる俺の前で勝手に謎の呪文を唱えた挙句、夜中に俺の布団に忍び込んできたこともあった。


 記憶の中の俺、ちゃんと毎回嫌がっていたなあ。

 なんなら嫌がれば嫌がるだけ悪戯度合いが増していたまである。


 内容は小学生らしい微笑ましいものではあるが、しかしそれが本当に実行されたとなると別物だった。というか小学生の悪戯にしては手がかかり過ぎだろう。

 美優姉にも決して悪気があったわけではないのだろうけれど、幼い愛澤少年が暗闇を苦手になるには十分な理由であった。

 ドッキリは何度繰り返し受けても耐性は付かないらしい。


「結月さんは――大丈夫な方?」

「んー、特に苦手だと思ったことはないかなあ」

「結月さん、弱みを見せることを恐れてはいけないよ」

「愛澤くん、仲間を作りたいだけじゃないよね?」


 待機しているテントの灯りの下で、結月さんは苦笑を零す。

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