第98話
肝試しの順路は至ってシンプルで、一本道をただ進むだけだった。ぐるりと大きく迂回する形にはなるのだが、十五分ほど道に沿って進めば俺たちの宿泊する宿に到着するらしい。
昼の散歩で俺が通った道ではないようだが、なんとなく道筋にイメージはつく。
ちょうど中間地点あたりにチェックポイントを設けるとともに、それ以外にも各所に一年生が隠れ、脅かし役兼監視役を担っているのだそう。
現時点ではまだそこまで深酒をしている人間はいなさそうだったが、懐中電灯があるとはいえ暗い道だし何が起こるかはわからない。万が一にも事故が起きたりしたら大変だしな。
個人的にはそこまでして肝試しをしなくてもいいじゃないかとも思うが。
まあ隠れてる一年生ズが蚊に刺されまくるのも不憫と思わなくもないけれど、レクの中身は彼らが自分たちで決めたわけであって、つまるところ自業自得と言えなくもない。
冷たい言い方のように思われるかもしれないが、これは俺の嘘偽りなき本音である。
肝試しだなんて余計な企画にするな! アホ!
「肝試しって思うから怖いんじゃない? 夜の散歩だと思って気楽に行こうよ」
「脅かし役さえいなけりゃその理屈で感情を抑え込めるかもしれないけどさあ」
「うーん、そしたら目隠しと耳栓して歩くのはどう?」
「それはそれでこえーよ」
そりゃ脅かしには強くなる――というか単純に気づかなくなるかもしれないが、それ以上に生命の危険を感じるわ。普通にあぶねえよ。
そして何より絵面がシュールすぎる。
部の女神に手を引かれるアイマスク耳栓の先輩男子が歩いてきたとき、後輩たちは一体どんな顔をすればいいんだよ。
「……はぁ、めんどくさいなぁー……」
「おい、聞こえてるからな? あたかも小声で呟いたような雰囲気を出してるけれど、声のボリューム一切落ちてないからな?」
「もうっ、手間のかかる愛澤くんだなあ」
「……自分で言うのもなんだけど手間のかからない愛澤くんを未だ嘗て見たことがないよ。自分自身、手に余ってるくらいだ」
「あはっ、確かにそうだね」
結月さんは暑さを感じさせない涼しげな笑みを浮かべる。
同意されるのも情けない話だが事実なのだから仕方あるまい。
結月さんは小さく嘆息すると、やれやれといった様子で肩をすくめる。
「仕方ないなあ、ここは年長者として頼られてあげますか」
「同年代だろうが」
「誕生日は私の方が早いし」
「……たった1ヶ月だろ」
「されど1ヶ月――だよ。愛澤少年!」
結月さんは得意げに鼻を鳴らす。
俺の記憶が正しければ彼女の誕生日は俺の1ヶ月ほど前だったはず。去年、彼女の誕生日イベントがあったことをよく覚えている。
ちなみに俺の誕生日イベントなんてものは存在しなかった。
そもそも誰も俺の誕生日を知らないんじゃないかとまで思っていたのだが、どうやら結月さんは知ってくれていたらしい。
彼女のことだから俺だけでなく同期全員――どころか文芸部全員の誕生日を把握していても何ら不思議ではないのだが、それでも誕生日を覚えてもらえていたというだけでつい嬉しくなってしまう俺はやはりチョロいのかもしれない。
「ふふーん、特別に、ほんっとーに特別に! 腕にしがみつくまでなら許してあげてもいいよっ」
「……ぉう」
結月さんはドヤ顔でそんなことを宣うのが、あまりにも予想外の提案すぎて俺は俺は素の反応を返すことしかできなかった。
他の男子からしたらきっと垂涎の提案なのだろう。
しかしここ数年、美優姉以外の女性に指一本触れることさえしてこなかった俺からしてみれば、手を繋ぐどころか腕にしがみつくなんてのはある意味お化けよりも恐ろしい行為であった。
結月さんとのリレーションは深まりつつあると勝手に自覚はしているけれども、それが結月さんであっても女性に近づくのは未だ怖い。
俺の反応を然程気にすることもなく結月さんは続ける。
「実里ちゃんの二の腕の柔らかさを堪能する権利を進呈します。そっちに意識が傾けばそんなに怖くないでしょう?」
俺をなんだと思ってるんだよ。
そしてお化けをなんだと思ってるんだ。
そんな言葉が口を衝きかけたがすんでのところでグッと堪える。
堪えるというか、自然と喉の奥に引っ込んでいった感じだった。これが息を呑むということなのだろうか。それほどまでに俺は驚きを覚えていた。
あの結月さんが自分の身体に触れることを良しとするなんてのは、今までの彼女を知っている人間からしてみればとても考えられない、想像だにしない話であるように思う。
仮にそれが冗談なのだとしても、そういった誤解を招くような発言は絶対にしなかったはずだ。
結月さんの中でも、きっと心境の変化があったということなのだろう。もしかしたら上郡や俺とのやり取りが要因の一つだったのかもしれない。
この変化が良いものなのかそうでないかは俺にはわからない。けれど変わろうとすること自体はきっと成長であることに違いはないのだろうと思う。
彼女の変化を喜ばしく思う反面、なんだか置いてけぼりにあったような感じがして、少し寂しさを覚える。
あれから未だ一歩たりとも進めていないのは、俺だけなのかもしれない。
「……いや、折角の提案だけどさ――」
「あっ、でもでも、さすがに胸には触っちゃダメだからね?」
「俺をなんだと思ってんだよ!」
おっと、結局言ってしまった。
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