第78話


 二日目の飲み会も荒れていた。

 などと書くと乱痴気騒ぎでもしているように取られかねないが、実際のところそこまで酷いものではなく、ただ若者が飲んで飲んで飲みまくってはしゃいでいるだけだ。大学生らしいと言えば大学生らしい飲み会と言えるだろう。だろうと言うのは俺が大学生以外と飲んだことがないためにそうした類推的表現にとどめざるを得ないのだが、まあそこまで大きく外しているということはずだ。貸切旅館での出来事と考えればギリギリ微笑ましいと呼べる範疇にあるように思う。


 しかしいくら微笑ましいといえど、しこたま飲み続ければ当然潰れる人間も出てくる。居酒屋などでの飲み会と違って無限に近い時間があるわけで、時間の経過に比例して潰れる人間は増えていく。

 そういう意味で、普段の飲み会と比べて荒れていると表現した次第である。


「あー、飲んでたら暑くなってきた。シャツ脱いじゃおっかな」

「ちょっと、愛澤の前で脱ぐのはやめたほうがいいですよ。襲われますよ」

「グギギッ……!」


 日中の暴挙が知れ渡ってしまったせいで、ほぼ全員から弄られるハメになった俺は、歯を食いしばりながら、血の涙を流しながら、ビールの缶を飲み干していく。


 俺と上郡のやり取りは最後の部分だけ、つまりは俺が彼女にシャツを脱ぐことを迫ったという事実だけが伝聞されているらしく、俺としては忸怩たる思いだった。

 そこだけ切り取られてしまうと完全に俺がヤバいやつにしか見えないだろう。いやまあ、前の部分含めたところで発言内容自体が間違っているわけではないので俺の汚名が晴れるわけではないのだけれど、情状酌量の余地くらいはあるのではないかと思う。


 しかし、普段ああいうことは冗談でも言わない俺自身の人柄も作用して、他の人がやった場合よりも数倍は弄られた感じだ。

 悪ノリはホント、身を滅ぼすよな。

 痛切に反省するのであった。



 そこそこ夜が深まった頃合いにはさすがに騒ぎも落ち着きつつあった。机に突っ伏して寝息を立てる人間もそこかしこに散見される。

 そんななか俺はというと、驚くなかれ未だ正気を保っていた。


 序盤から結構なハイペースで飲まされていたこともあり、こまめにトイレへ向かうようにしていた。

 飲んではトイレ、飲んではトイレと、もはやアルコールを便器に流す装置と化していた俺だったが、その甲斐もあってなんとか胃袋の均衡を保つことができていた。こんなことに怪我の功名だなんて表現を使いたくはないが、つまりはそういうことだった。


 そんなわけで割と余裕の残っていた俺は、生き残りメンバー数人とともに俺たち二年生男子の部屋に移動し、二次会へと移行する。まあ二次会と言ってもほんの少しだけ飲みなおす程度だけれど。酔ってるとか以前に普通に眠くなってきたし。


「よっと……あっ」


 居室の扉を開けると事前に敷いておいた布団の上に小さく身体を丸めて眠り込む人間の姿がそこにはあった。

 文芸部部長、相楽美南海その人であった。


「えっ、相楽さん、なんで男子部屋で寝てるの……?」


 微かにいびきを立てながら眠りこけるその姿に、結月さんは普通にドン引きしている様子だった。

 部屋に鍵をかけていたわけではないので、相楽さんが酒乱である点を踏まえれば、酔っ払って部屋を間違えたのだということは想像に難くないが、しかしよりによって男部屋で腹を出しながら眠るというのは些か警戒心に欠けているのは間違いない。


 寝相のせいで割と際どいところまでTシャツもめくれてしまっているし。

 つーかなんでよりによって俺の布団で寝てるんだよこの人。


「もぉ! 見ちゃダメだよっ! 愛澤くんのえっち!」

「いやいや……」


 そこまでガン見していたわけではないのだが……。

 なんだか昼の一件からみんなの中での俺のキャラ付けが変わってきている気がするな。


 変態だけど女性不信って、流石に倒錯がすぎる。

 そんなキャラ付けはいらねえ。


 結月さんは、呆れながらも掛け布団を相楽さんに被せる。その姿はさながら母親のようにも見えた。本人に言ったら怒るだろうけれど。

 俺の布団が奪われた形になったが仕方ない。大広間で潰れている友口の布団を奪うこととしよう。


「まったく、愛澤くんは油断も隙もないんだから」

「ちょっと待ってくれ。本格的に俺をそういうキャラに仕立てるのには本気で抗議したい。俺はこれまで慎ましく、清く正しく生きてきたし、自分で言うのもなんだけど、みんな俺のことは虐めつつも好感度は決して低くなかったはずだ。そうだろう?」

「それはほんとに自分で言うのもあれだね。別にあえて否定はしないけれど」

「なあ平塚、お前からも言ってやってくれ」

「ん……ああ、うん……結月の言う通りだよ……」

「平塚ァ!」


 平塚はもにょもにょと受け答えするものの、既に半分以上は夢の中の住人と化しているようだった。

 話を聞いていないときは適当に回答すんじゃねえ。

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