第41話
「で、恋人ごっこって具体的になにをするわけ? 今さら俺と美優ちゃんとで仲を深めようぜってのも変な話だろ」
不本意ながら既に同棲に近いことも経験しているわけで、従姉弟であることを抜きにしてもそこらの大学生カップルよりよほど関係性は深いと言えるだろう。
これ以上となるとABC、果てはDEFGという話になるが、さすがにそんなことをするつもりは毛頭ない。
もし何かの間違いで従姉とキスでもしてしまった暁にはもう親戚の集まりに顔出せねえよ。いやそんな間違いは絶対起こらないけどね?
美優ちゃんとしてもさっきは勢い余ってキス一歩手前まで踏み込んでしまったわけだが、あくまで上郡へのライバル心が暴走してしまったというだけだ。
今後はそこまで鼻息荒くなることもないだろう。
ないはず、きっとない。
ないよね?
「ふふーん、そう聞かれると思ってこの本を買ってきました」
じゃん! という効果音付きで、傍らに置かれたバッグをまさぐり文庫サイズの本を取り出す。
「……なにそれ?」
「『恋愛に近道はないが特急はある! 恋の電車に乗り遅れるな! 恋愛超特急~初級編~』」
「バカみたいなタイトルだな!」
おっと失礼、思わず口が悪くなってしまった。
恋の電車ってなんだよ、うさん臭いなあ。こういうよくわからないふわっとした表現で煙に巻くタイプの人間や本はどうにも苦手だ。
「中古書店で見つけたのよ。裏表紙に全ての恋愛初心者に捧ぐ現代の恋愛バイブル決定版って書いてあるわね」
「奇抜なタイトルの割にありきたりな謳い文句だな」
「この本を読んで実践した男女の3割が恋人になってるんだって」
「コメントしづらい確率だな〜」
その3割も別にこの本を読まなくても恋人になったんじゃないのかと邪推してしまう俺は心が汚れているのだろうか。
美優ちゃんはパラパラとページをめくり飛ばし読みをしていく。
「肝心の中身はどんな感じなの?」
「あたしもまだ全部は読んでないんだけどさ、基本的には恋愛によくあるシチュエーションを男女で再現してみようってコンセプトみたい。三編構成らしくて、この初級編がカップル未満の男女向け、中級編が恋人になりたてのカップル向け、上級編がカップルを超越したカップル向けらしいわ」
「カップルを超越したカップルってなんだよ。超サイヤ人ゴッド超サイヤ人みたいなもんか?」
「あたし達が恋人どうしのフリをしてもそのままだと普段通りになっちゃいそうだし、どうせならこの本の通りやってみない?」
まあしかし美優ちゃんの言うことも一理ある。
それにカップル未満の男女向けということであればそこまで過激な内容はなさそうだ。
「まあ、あんまり変な内容じゃなかったらな。演技するみたいでちょい恥ずかしいけど」
「さっきの馬乗りキスは初級編の第一章だったわ」
「中止〜〜! それ使うの中止〜〜!!」
前言撤回。
恋愛初心者向けを謳ってるくせに初っ端からなんつーこと仕込んできやがる。
この本の著者はバカなのか、さもなくば読者をバカにしてるかのどちらかなのは間違いない。
つか最序盤でAって、初級編だけで普通にCまで行きそうな勢いだな。
これ、むしろ遅れてるのは俺の方なのか? 暫く
「なんでよ」
「なんでよじゃねーよ、当たり前だろ。えっちなのは禁止です!」
「別にキスくらい大したことないでしょ。あたしたちだって子どもの頃に何回かしてるじゃん」
「ほっぺにな! それに子どもの時のキスと大人のキスを同列に語るな」
さすがに美優ちゃんと唇どうしのチューはしたことない、はず。
「さっきも言ったけどさ、あんまり自分を安売りするなよ。俺なんかのためにそこまでする必要なんてないんだってば」
「安売りなんてしてるつもりないけど。誰とでもキスするわけでもないし。それともなに、あたしがそういうことをするビッチだとでも思ってるわけ?」
「お、思ってませン……」
喉元に手をかけられ、俺は壊れかけのロボットのように言葉を吐き出す。
いや、実際そんなことは思ってないけれども。
「それに、あんたとキスしたところで何が変わるってわけでもないでしょ。単なるスキンシップとしか思わないっての」
「いやでも……美優ちゃんは嫌じゃないの?」
「別にぃ? 彼氏がいるわけでも、もうすぐ出来そうってわけでもないし。ていうかあんた、そんなにあたしとキスしたくないんだ。ふーん、へぇー、あの悠馬がエラくなったもんね~」
おもむろに頭に手がかざされヨシヨシと前後に撫でられるが、その動きとは裏腹に強烈なジト目が心に突き刺さる。心臓がきゅうと縮むのが分かる。
大丈夫だよねこれ、やばい縮み方じゃないよね!?
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