第40話
「ま、あんたの場合は事情が事情だし、仕方ないとは思うけどねー」
美優ちゃんは垂れ下がる髪の毛をかき上げる。シャンプーやトリートメントもいつもと違うのか、髪が揺れる度に女性らしい甘い良い匂いを感じる。
首を傾けた際にチラリと覗くうなじが艶かしい。
アーモンド型の綺麗な双眸に強い意志を湛え、俺に対してしっとりとした視線を差し向ける。
「だからあたしがあんたの
「ああ、準備ってそういう」
今更ながら彼女の格好に合点がいく。
思えば、俺に対して宣言したあの日の時点で作戦を思い描いていたのだろう。
途端に申し訳なさが湧き上がってくる。
服装を揃えるのに相応の費用がかかったであろうことは想像に難くない。
ただそれ以上に、彼女のトレードマークであり、チャームポイントであったはずのロングヘアーを切らせてしまった。
美優ちゃん自身もきっとこだわりを持っていたはずだ。それを俺なんかのために短くさせてしまった。
元の長さに戻るまでどのくらいの年月を要するだろうか。胸が締め付けられる思いがする。
「あ、髪のことなら気にしないで良いわよ。別に拘りなんかなかったし」
「おいマジかよ」
「単純に切るきっかけがなかっただけよ。髪の毛洗うのも大変だからねえ。これからは楽だわ」
「そっか……ありがとう」
美優ちゃんは明るく笑う。
それが彼女の真意かどうかはわからないが、しかしこう言ってくれている以上、こちらが気にしすぎるのも野暮だろう。
申し訳なさを胸中に押し留め、今はただ感謝の気持ちを伝える。
「ちなみに、美優ちゃんの中では彼女=ガーリーファッションなの?」
「あんた、こういう子がタイプじゃなかったっけ?」
「好きかそうでないかでいえばとても好きです」
「そう言えば悠馬からまだ褒め言葉もらってない」
「めちゃくちゃ似合ってる。やばいほど可愛い。マジで恋する5秒前。165キロ直球どストライク!」
それでよし、と満足げに微笑む美優ちゃん。これくらい言わないと後が怖いのである。
しかし実際、俺の言葉に嘘はない。俺の場合、ストレートロングでパリッとした格好の美優ちゃんを見慣れているため、見た目への感想よりも違和感が先行してしまったが、改めて見てみると完成度はとても高い。
普段とは違うタイプの服装もしっかり着こなすあたり、流石の一言である。
無論、容姿やファッションだけでその人を好きになるかどうか決めるわけではないのだが、しかし自分自身の個人的な好みは否定できない。なにより、こちらの趣向に合わせて髪まで切り揃えてくれたという事実そのものが胸を打つ。
健気で一途な一面見ちゃうとキュンとくるんだよなあ。
ぶっちゃけ、これが美優ちゃんでなければ惚れてる自信すらある。
相変わらず俺はチョロい。
「要するに、時にはこれくらいの荒療治は必要ってこと。それに、このやり方はきっとあたしにしか出来ないでしょ」
「それはそうだけど」
美優ちゃんは得意げに胸を張る。
距離感を恋人同然に縮めるという趣旨なので、当然ながら美優ちゃん以外には務まらない役目ではある。
「あたしもあんたの役に立ちたいの。従姉として、ポッと出の後輩キャラになんか負けてらんないのよ」
「……さいですか」
美優ちゃんの眼差しは真剣そのものだ。
リアルの人間に対してポッと出とか後輩キャラみたいなワードを使うのはどうかと思うが、いずれにせよ俺が思っている以上に、美優ちゃんは上郡に対して対抗心を燃やしているようだった。
やめて! 俺のために争わないで!
「もしあんたに本当の彼女が出来たら――いや、違うわね。あんたが本当に好きな女の子が出来たらそこで終わり。それなら後腐れもないでしょ。あたしとしてもこの家を自由に使える口実ができるわけだし、あたしに迷惑をかけるだなんて気兼ねしてるなら、そこで帳尻合わせなさい」
「今までも割と自由に使ってたと思うけど?」
「むしろ、これからはあたしの家みたいなものね。ま、引き続きあんたも自由に使っていいから」
「当たり前だろ。俺の家だぞ」
「家賃払ってるのはご両親でしょ」
「うっ……いや、だからって美優ちゃんが好きにしていいってことにはならないだろ」
「あんたがタダでここに住む権利があるなら、あたしにもその権利はあるのよ」
「暴論パンチやめろ」
もはや暴言というより暴力である。
「ていうか、ナチュラルに恋人ごっこする流れになってない?」
「え、やらないの? やるでしょ? やりなさいよ」
「はいぃ、やりますぅ……」
某学習塾教師式の脅し三段活用に屈する形で、俺と美優ちゃんの『恋人ごっこ』は人知れずスタートするのであった。
互いの両親はもちろん、友だちの誰も知らない、秘密の関係。
……なんだろう、このデジャブ感。一ヵ月前にも似たようなことなかったっけ。
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