第84話

「というか、その理屈で言ったらサスペンスはともかく、ホラーだって微妙な気がするけど」

「ううん、そりゃテレビから飛び出してくるお化けとかそういうのはさすがにね。でも、『原因のわからない不思議な出来事が起こる』とか、『変な人に追いかけまわされる』とか、そういうどんな展開に転ぶかがわからないドキドキが待ってるお話なら現実にもありそうじゃない?」

「はあん、そういうもんかねえ」


 要するに彼女としてはビックリではなくスリルを求めているらしい。

 実際に俺の手荷物も増えたり減ったりしてるわけだしな。残念ながら俺の方はただの勘違いでしかないわけだが、しかし原因が何であれ現実にも起こり得る事象であることには違いなかった。


「ま、そういうことなら今回の俺の小説は少しは結月さんのお眼鏡に適うかもしれないな」

「あははー、楽しみにしてるねー」


 そこで会話は途切れてしまう。


 気まずい……。

 デート後に二人きりで話をするのはこれが初めてなのだが、昨日のこともあってどういう風に話題を切り出すべきか俺は迷っていた。

 こういう時に自分のコミュニケーションスキルの乏しさが情けなくなる。


 そんなことを考えながらまごまごしていると、窓の外を見つめたまま結月さんが口を開く。


「さっきね、上郡さんが来てくれたんだ。昨日のこと、傷つけてごめんなさいって」

「そうか」

「珍しく神妙な感じだったよ。誰かさんに怒られでもしたのかなあ」

「……かもな」

「あはっ、なんてねっ。別に私は怒ってなんかないし、上郡さん自身も誰かに怒られるようなことをしたわけじゃないからもう謝らないでって、そう伝えておいたよ。愛澤くんの言葉を借りるなら、謝られる筋合いはないって感じかな」


 結月さんは脱力したように背もたれに体重を預け、自分の膝あたりに目を落とす。


「昨日は勢いに圧されちゃって何も言えなかったけど、実際上郡さんの言うことは正しいよ。私が私じゃなかったら、きっと同じことを思ってるもの。何を考えているかわからないロボットみたいな人間なんて――気味が悪いよ」

「……そんなこと、ないだろ。俺は結月さんをロボットみたいだなんて思ったことはないよ」

「相変わらず優しいね、愛澤くんは。でも大丈夫だよ。私はロボットだから傷つかないんだ」


 そういって結月さんは今日初めて俺の方に身体を向け、力なく笑う。


「……だから、そんなことはないって。俺だけじゃなくて、誰もそんなこと思っちゃいねえよ。そもそも、仮に正しかったとしても、傷つかないのだとしても、だからといってなんでも言っていいわけじゃねえだろ」

「うん、そうだね。というか当てつけみたいなこと言っちゃったな。ダメだね、こんなこと言ってちゃ。上郡さんに悪いや。反省!」


 なんでもないような口ぶりだが、しかしいつも通りの結月さんでないことは明白であった。


 そもそも、彼女がこんな人目のつかない場所でひっそりと作業をしている時点で全くもって普段通りではない。いつもの彼女なら、合宿のような場においては常にみんなの中心にいるはずだ。

 彼女自身が望むか望まないかに関わらず、周りが彼女に対してそう望む限りは、彼女はその期待に応え続けるはずである。


 ――全く、どこらへんがロボットなんだか。

 きっちり傷ついてるじゃないか。


 ふぅと、俺は肺にたまった空気を吐き出す。

 新鮮な酸素を取り込むと、ほんの少し視界が広がり、意識が冴え渡っていく感覚を覚える。


 俺が今この場で結月さんにしてあげられることはなんだろう?

 俺は足りない脳みそをフル稼働させる。

 執筆活動でリハビリしておいてよかった。きちんと脳に血液が循環していくのを感じる。


「ねえ、結月さん」


 何をしたいかは固まった。

 これから話す内容も――話す覚悟も。


「んん?」

「急で申し訳ないんだけどさ、ちょっとばかし俺の昔話してもいいかな?」

「や、ホントに急だね……別にいいけど」

「ありがと。自分で言うのもなんだけどすっげー暗い話で、聞いたら凹んじゃうかもしれないんだけど、ごめんな。先に謝っておくわ」

「ちょっと待って、その前置き聞かされるとさすがに聞くの怖くなってくるんだけど!」

「まあホラー小説の参考にでもしてくれよ」

「ホラー小説の素材に使えるレベルの昔話って何!? 愛澤くんに一体どんな過去があるの!?」


 結月さんにしては珍しく強めのツッコミであった。

 割と本気で嫌がっていそうな空気感だがもう遅い。一度承認されたのだ。クーリングオフの機能はない。


 ここから先は完全に俺のエゴだ。

 聞いて楽しい話ではないし、愉快な気分になることはない。まさに自爆のような話だ。

 けれど、それが結月さんの為になるのだと信じて、


「高校の時の話なんだけどさ――」


 俺はソファーの端に腰かけると、静かに口を開いた。

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