第34話
「特に了解とらずに連れてきたけど、上郡ってボウリングとか運動は大丈夫なタイプか?」
「身体能力は高くないですが、運動神経自体は悪くないと自負していますよ。身体能力ばかりは後天的にどうにかできる限界があるので仕方ないですね」
まあ見ていてください、と7ポンドのボウリング玉を両手で抱える上郡。
こいつ自負してばっかだななどと思いつつ、投球に備えてレーンに向かう上郡の後ろ姿を見送る。
小さなテイクバックから滑らかなフォームで繰り出されたボールはレーンの中央を寸分逸れることなく滑り、カコーンと気持ちの良い音を立ててピンをまとめて吹き飛ばす。
画面上にポップアップするストライクの文字。
……やはりこいつの言葉に嘘はないらしい。
「ではせんぱい、勝負しましょう。負けた方がロシアンたこ焼き全部食べるということで」
「きたねえ、投げる前に言えよ」
俺は抵抗するも、最終的には有無を言わせぬ上郡に気圧され渋々勝負を受諾する。
しかし特段ボウリングが得意でもない俺は為す術もない。緩やかに点差は離されていき、最終的には185対115とフルボッコに終わる。マジで容赦ねえ。
「あっつぁ……かっらあ!!」
「……っ……!」
用意された罰ゲームのたこ焼きを食して悶絶する俺をみて必死に笑いをかみ殺す上郡。
しかもこのたこ焼き、六個中一個だけハズレじゃなく、一個だけアタリという鬼畜仕様であった。しかも割と容赦ない量のデスソースが注入されている。
お陰様で、口の中が辛いんだか熱いんだか最早よくわからない。というかこいつ、絶対この仕様知っててこの罰ゲームやらせたろ。
知らぬ間にライトアップタイムが始まり、あたりはより一層ムーディさを増すが俺はそれどころではなかった。このボウリング場を選んだ意味ねえな……。
「……上郡って、できないことあるの?」
「うーん、百メートルを十秒台で走れとかはさすがに無理ですね」
「視座が高すぎんだよなあ」
「身体能力的に無理なものを除けば、並大抵のことは確かにできますね。最初は難しいものでも努力するのは嫌いじゃないので」
その言葉は上郡の本質なのだろう。
彼女は有能だが、きっと万能ではない。それでも配られたカードを活かし、時にはカードを進化させながら、多くの山を乗り越えてきたのだ。
ボウリングだって、得意不得意があったとしても最初からこのレベルのスコアを出せていたわけではないだろう。俺が見ているのは彼女の努力の結論なのだ。
そんな上郡からしたら、思うように壁を乗り越えられずにいる俺の姿はきっと歯痒く映っているに違いなかった。
「ではもう一ゲーム、いきましょう」
「あい……」
多大なダメージを食らった俺は少し休んだのちに数ゲーム続けたが、終ぞ俺が上郡に勝つことはなかった。俺を最後までノリノリで圧倒し続け上郡は上機嫌である。上郡が楽しそうなので本懐だ。
ちなみに、罰ゲームはなしで挑んだから追加ダメージはなしだ。
誰が俺を腰抜けと責められようか。
*
ボウリングを楽しんだ俺たち、というか楽しんだのはほとんど上郡ばかりであったが、ともかく二人でショッピングモールをぶらぶらと練り歩く。休日の新宿なだけありここも利用者はかなり多い。
無論、この場所に来たのにもきちんと理由がある。
「限定のチョコ、ですか?」
「そ。今日の15時から限定販売らしいんだ。それ買いに行こうぜ」
なにやらベルギーだかフランスだかの有名店が監修したチョコで、通常販売はしていないプレミアム感もあってか某有名雑誌の人気お菓子ランキングでは度々上位にランクインしている。6月も末に近く暑い時期ではあるが、焼きチョコ系ということで溶ける心配もないようだ。
今日の11時と15時の二部販売という情報を入手している。現在14時45分、即完売というわけでもないようなのでちょうどいい頃合いだろう。
「ほら、女子ってみんな甘いもの好きだろ?」
「なにナチュラルに偏見かましてくれてんですか。まあ女の子は割とそんな感じですけど」
俺の周りの女子はみんな好きなので統計的には百パーセントだ。
まあ対象者は母親と美優姉だけなんだけれど。
ちなみに美優姉は最近ウイスキーも飲み始めたようで、俺が酒にチョコなんて合わないという旨の発言をしたところ、フッと口角を吊り上げ、あんたもガキねぇと笑われた。
ぶっちゃけ、今日お菓子を買いに来たのは、ここ数日姿を現していない美優姉が襲来した際の
俺の予感では数日のうちにまた面倒なことを言い始めるはずなので、一時的にでも美優姉を黙らせるツールは確保しておきたいのだ。餌付けといっても過言ではない。
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