第33話
「ふう、ご馳走様でした」
俺たちはすべてのメニューを食し終え、食後のコーヒーに舌つづみを打つ。
人気も納得の味であった。必ずしも安い食事ではなかったが満足度は非常に高い。
「そういや、食った後に言うのもあれだけど、普通こういうお店にきたら女子は写真とか撮ったりするものなんじゃないの?」
「はあ、何の意味があるんです、あれ?」
料理の写真を一枚も撮っていないことを思い出し、何の気なしに聞いてみるが、上郡は不思議そうな顔をしながら、OLと思しき隣席の女性客二人組を流し目で見やる。
彼女たちはワイワイきゃぴきゃぴとシャッター音を連続させている。
「なんのってそりゃあ、記録に残すためだろ」
「? 記憶に残っているなら記録はいらないと思いますが」
「や、そんなに細かく覚えてられないから写真で振り返るんじゃないのか」
「写真を撮ることが目的になっている気がしますけどね。だから肝心の記憶が定着しないんじゃないですか」
相も変わらず痛烈だ。
「……上郡はこれまでの記憶全部思い出せるの?」
「ええ、必要な記憶はいつでも取り出せるようにしてあります。不要な記憶は早々に削除してしまいますけどね」
さも当然のように言いのける。
マジかこいつ。
確かに人間の脳は一度記憶したものは、表層か深層かの違いはあれどなかなか完全に忘れてしまうことはないと言う。自分では忘れたと思っていても、意外と記憶の片隅に引っかかっているケースはよくある。
けれど、こいつのように自分で自在に記憶の引き出しを開け閉めするほどの器用さを持ち合わせる人間は限られているだろう。
「……ま、記憶力は人によって違いがあるからな。誰かと一緒に振り返るためには、同じ鮮明さを持つ記録が必要なんだよ、きっと」
「ふうん、そういうものですか。あまり誰かと記憶を共有する機会がないのでよくわかりませんが」
男の俺からしたら、わからないという気持ち自体はわからんでもない。
「まあでも折角の予行演習ですし、写真、撮っておきましょうか」
「あ? 今さら何を撮るんだよ」
「失礼します」
そう言ってスマホを取り出すと、グイとテーブル上に身を乗り出すようにしてインカメ状態のまま腕を伸ばす。
え、なに、映え用の写真じゃなくて俺とのツーショットを撮るってことかよ。
女子が近づく感覚に一瞬身体が強張るものの、テーブルという物理的な障害のおかげかそこまでプレッシャーは感じなかった。
予想外の提案ではあったものの俺としても特に異論はなく、静かに頷き上郡の方にカメラのフレームに収まるようほんの少しだけ顔を寄せる。
「……」
「……いや撮る時なんか言えよ」
無言でパシャリと撮り終え、無言のまま乗り出した身体を引っ込めていく上郡。
お互いピースを作るわけでもなく、俺に至っては笑顔を作る直前のにへらとしたよくわからない表情で記録を残されてしまう。
「まあ予行演習ですから」
「さいですか……」
そう言われてしまうとこちらとしても何も言えない。
確かに誰かが見る写真でも、誰に見せるための写真でもないしな。
なんてことを考えていたのだが、存外思うことでもあるのか、上郡はスマホの画面を不思議そうにじっと眺めている。
「……でも、写真を撮る理由がちょっとだけわかった気がします」
「おん?」
「自分の記憶には、ツーショットは収められないですもんね」
俺は思わず得心する。
自分が誰かとともにいたという証を残すために写真を撮るというのは、なるほど真理をついている気がした。きっとそれは写真が生み出された根源的な願いの一つだった。
無論、全てがその純粋な願いのための写真というわけではないだろうけれど。
ふと思い出される高校生の頃の記憶。
俺とツーショットを撮りたがった
俺との繋がりを形として残したかったのだ。
*
「食後はやっぱり運動だよな」
というわけで、ビストロを出て次に俺たちが向かったのはボウリング場だ。
ダーツや卓球、フードコートが一体となったアミューズメント施設になっていて、このビルだけでも半日以上時間を潰せるだろう。
目玉のボウリング場は普通の施設とは違うライトアップや装飾が為されており、ムーディな雰囲気を漂わせる。カウンターで酒も注文できるため、カップルでもグループでも利用しやすい。
「なんですか運動って。もしやえっちなことですか。ダメですよ、これは予行演習なんですから」
「ボール持ちながら言うことかねそれが」
「こんなボールじゃなく、おれのボールを持てということですか」
「もうお前のキャラがわかんねえよ」
無愛想だったり、ボケ倒したり、上郡のキャラを見失いつつある。
初期に感じていた、清楚で寡黙で人形のような雰囲気は今はもうどこにもない。
しかし、きっとそれは彼女の新たな面を見つけられているということなのだろう。
恐らく文芸部では俺だけが知る彼女の一面だ。
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