第32話

「なかなかオシャレなお店ですね」

「だろ?」


 俺たちは案内された二人席に着座する。必然、俺と上郡は正対する形となる。

 お昼時ということもあり、店の中は満席状態だった。

 念のために予約をしておいて正解だったな。


「良い感じです、せんぱい。ここまで5点プラス6点プラス8点で合計19点です」

「積み上げ式の採点かよ」


 店内を見渡しながら上郡が小さくサムズアップする。

 どれが5点でどれが8点なんだ……イマイチ判断基準がわかりづらいが、まあ気に入ってもらえたようで一安心だ。

 ランチはコースメニュー一択のため、俺たちは飲み物メニューだけを注文する。


「そういえば、最近佐藤さんとは話されてますか?」

「まあ、ぼちぼちかな。やっぱりちょっと気まずいというか、ぎこちない感じはあるけど」


 相変わらず佐藤さんは皆の前では明るい。佐藤さんが俺に告白したことも広まってはいないようだった。

 大勢がいるところでは俺に対しても努めて明るく振る舞ってはいるものの、向こうから話しかけてくることはほとんどない。たまに俺から話しかけてみるものの、二言三言程度で会話が終わってしまう。

 普通に会話できるようになるまで、まだもう少しかかりそうだ。


 しかしそれでも、俺と彼女の関係性が完全に元通りになることはきっとないのだろう。

 そして、それを選んだのは俺自身だ。

 そんな俺の心中を察してか、やや呆れ気味に上郡が口を開く。


「なーにセンチになってるんですか。済んだことは仕方ないですよ」

「そうなんだけどさあ」

「8月の合宿を考えると、あんまり暗い雰囲気引き摺ると大変ですよ」

「そうなんだよなあ」


 うちの大学の前期試験は7月末までに全て終了する。

 その後8月上旬には文豪の避暑地としても有名な伊豆へ文芸部の3泊4日の合宿を行う予定だ。

 そうはいっても、文豪が実際に泊ったような老舗旅館は学生の身分としてはとても手が出る価格帯にないため、もう少し、というかだいぶリーズナブルな合宿所を予約済みである。

 まあ、学生からしたら合宿所は帰らなくていい居酒屋で、宿泊部屋は酔いつぶれて寝るだけの場所でしかなく、正味施設そのものを楽しむことなどほとんどないだろう。飲めさえすればどこでも構わないというのが本音だ。


「合宿はハプニングも起こしやすいですし、色々発展させるのに好都合ですねえ」

「……どうぞお手柔らかに」


 もちろん、酒を飲んだ状態でのハプニングなぞ起こすつもりはないので、しっかり自制をかけていく所存だ。こないだのように酔いつぶれる醜態は見せないと固く誓う。言っておくがこれはフラグでもなんでもない。

 古今東西、酒から始まるまともな恋愛など存在しない。俺が文芸部の諸先輩方から学んだことの一つだ。


「そっちはどうよ。誰かいい人でもいないのか?」

「いませんね。わたしがこの身を捧げてもいいと思える人は現時点では」


 すげなく返される。

 ハッキリとした口調。なんとなく、それは何かに対して怒っているようにも感じた。


 世の男性全体に対する怒り、だろうか? 不甲斐ない男ばかりで申し訳なくなってくる。

 当然ながら俺自身もその対象に含まれるわけであり、世の男性を代表して謝っておくことにする。

 いやまあ別に上郡の好みに合わないからといって謝る必要性は何一つないのだが、ここはへりくだってご機嫌をとるのがよいと考える。


「なんか悪いな」

「はい? なにがですか? 頭が?」

「ちげえよ。いやさ、期待に応えられなくてなんていうか申し訳ないなって」

「はっ……?」


 一瞬、上郡の動きが停止する。

 怪訝と困惑が表情から読み取れる。

 おっと言葉が足りなかったか。


「ああいや、一応さ、男を代表して謝っておこうかなと。ごめん、そんな深い意味はない」

「はあ……」


 上郡はちょうど運ばれてきたアイスティーをグイと飲み干す。

 まだ注がれたばかりであろう氷がカラリと音を立てる。


「まったく主語も目的語も圧倒的に欠けていて理解不能です。せんぱいが謝ってどうするんですか。大体、いつも思いつきで喋りすぎなんですよ」


 いつものポーカーフェイスを取り戻す上郡だが、口調にはやや棘を感じる。何が原因かわからないが、どうやら癇に障ったらしく、機嫌を損ねてしまったらしい。


「減点15です。これで得点は4点になりました」

「待て待て、ペナルティでかすぎだろ」

「わたしの前でアホなこと言うとそうなります。気をつけてください」

「悪かったよ……」

「ちなみに最終スコアが50点を下回った場合には、1週間わたしのお昼ご飯を奢ってもらいますのでお覚悟を」

「お前のさじ加減次第じゃねえか」

「大学近くのパスタ屋さん、美味しいんですよね」

「単価1,500円オーバーは殺人的だあ……」


 学食4周はいける値段である。主に俺の財布が死んでしまう。


 うちの大学は都市郊外に位置し、都心へのアクセスも容易なことから、周辺はちょっとした高級住宅街になっている。

 無論、大学生向けのスタミナ満点系も豊富に取り揃えているのだが、暇と金を持て余した有閑マダム向けのオシャレ店もそれなりに多く、気軽に入った店で痛い目を見ることもしばしば。

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