第31話
*
『愛澤って地味に凄いよな。上郡さんと普通に会話できてる男ってお前くらいだろ』
先週のことだったか、平塚からそう声をかけられたことを思い出す。
癖者揃いの我が文芸部の中でも、距離感の縮めづらさでいえば上郡と結月さんがワンツーだろう。
側からは見えづらく、ソフトだが絶対に破れない強固な球体の膜を張り巡らす結月さんに対し、自らの周囲をぐるりと囲う高い城壁を築き上げる上郡というのが比喩表現とすれば近かろう。
人当たり自体は良くてコミュ強の結月さんは別枠として、上郡の場合はどんな会話も一言二言で終わらせてしまうタイプなので、側から見ればキャッチボールが成立する時点で称賛に値するものなのかもしれない。
まあ上郡の場合はこちらのトークが面白い面白くないとか顔がイケメンかどうかは関係なく、彼女の理に一致するかどうかが会話の判断基準というだけであり、俺がなにか褒められるようなことをしたわけでもない。
たまたま利害関係が一致しただけだ。
きっとこうした事情がなければ、仮にここじゃない別の場所で出会ったとしても仲を深めることはなかっただろう。
とにかく、上郡真緒はその清純かつ可憐な見た目と、ミステリアスな雰囲気が相まって、最近では注目度が少しずつ上がってきているらしい。
新歓ダッシュ勢の動きがひと段落したというのも背景にはあるのだろう。まったく現金なヤツらである。
「お待たせしました? せんぱい」
白地に水玉模様のワンピースにカーディガンを羽織った上郡がトテトテと近づいてくる。初夏らしい清涼感溢れるファッションだ。少し高めのミュールが近づくたびにコトコトと小さく音を立てる。
現在、昼の12時。俺が、ここ新宿駅で上郡と待ち合わせした時間だ。休日ということもあり相当な人混みを予想していたが、無事合流を果たした。
俺が上郡と二人でデートしているなんてことがバレた日には部の一大ニュースとして駆け巡ることだろう。
まあ正確にはデートの予行演習であるが、結月さんとのデートも控えている関係上、いずれにしても部のメンバーにバレると色々面倒くさそうだ。
ということで木を隠すなら森の中、今日は昼も夜も人であふれかえる新宿で待ち合わせしたのである。
「や、今来たとこだよ」
まあ実際は20分近く待機時間はあったのだが、上郡自身は予定時間ぴったりに到着したため、現時点であえて俺から言及することはなにもない。
「ん、正解です」
そういって満足げに微笑む上郡。
今日は予行演習という名目で上郡が俺のセンスをテストする日である。自分の考えるベストデートを披露してみよとのお達しだった。
このように一つ一つの所作に対して合否判定が下されると考えると緊張感が走る。
取引のお返しは今日のデートを全奢りすること。財布的にはあまり優しいものではないが、今日に限っては仕方ないだろう。それも含めてデートの予行演習だと考える。
しかし……改めてみると上郡真緒はとてつもなく可愛い。街中を歩けば10人中8人は視線を惹かれるだろう。事実、道行く人たちがチラチラと上郡に目を向けているのが隣から見ていてもよくわかる。
俺の目線を疑問に感じたのか、上郡は小首を傾げる。
「なんですか、わたしに見惚れてるんですか?」
「いやあ、上郡はやっぱり注目されてるなあって」
「まあ容姿はそれなりに整っていると自負してますし、今日はちゃんとおめかししてますからね。視線を集めてしまうのは仕方のないことです。せんぱい、わたしに惚れると火傷してしまうので気をつけてくださいね」
「はいはい」
上郡の口調は、いつものようにややもするとぶっきらぼうかつ不遜な物言いではあったが、しかし今日この日のためにしっかりおめかしをしてくれたという話には不覚にも胸がときめいてしまった。キュンです。
このデート(仮)のために準備をしてくれたという事実だけで何故だか胸がいっぱいになる俺はおそらくチョロい。
「では、デート開始です。エスコートお願いしますね?」
俺から
俺たちは付かず離れずの微妙な距離感を保ちながら歩き始めた。
改まってデートと言われるとなんだか照れ臭い。自分のセンスが詳らかにされてしまうと考えると妙な気恥ずかしさを覚える。高校生以下の経験値しかないと自覚しているからこそ尚更だ。
一応、事前に女子が喜びそうなスポットはリサーチしてきたが、しかし相手は上郡である。一筋縄では行くまい。
まあ実際には仮想結月さんということで、必ずしも上郡の好みから外れると失敗というわけでもないのだが、取引とはいえせっかく付き合ってくれているのだ。楽しんでもらいたいと思ってもバチは当たらないだろう。
「せんぱい、まずはどこに向かうんです?」
「ああ、とりあえず昼飯に行こうと思うんだけどいいか?」
「はい」
短く上郡の意思を確認した俺は気合を入れるようにして背筋を伸ばし、彼女を連れ立って10分ほど歩く。
その間、特に会話らしい会話はない。ある程度距離をとって歩いていることもあってか、この人混みでははぐれないようにするのがやっとで、とても会話をする余裕はなかった。
向かったのは細い路地を行った先にあるビストロだ。こじんまりとしているが、逆にそれが隠れ家的な雰囲気を醸し出していた。
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