第70話

「隠さなくてもいいわよ。別に言いふらしたりはしない。気づいているのも私だけだろうし。わはは、困ったものでね、私レベルになると周囲の人間の機微に聡くなってしまうのだよ」


 あっけらかんと笑ってのけるが、しかし佐藤さんや結月さんはともかく、上郡と公の場でそこまで親密に話をした記憶もなく、一体どんな手がかりからその結論を導き出したのか激しく疑問である。


 この人、こういうところあるんだよなあ。

 無頓着そうに見えて、観察眼が優れているというか洞察力に長けているというか。

 頭の回転も早く、こんなナリをしているが入試はトップ合格だったらしい。なんだか漫画のキャラみたいだ。

 人は見かけによらないと言うべきか、はたまた見かけ通りの変人ぶりと言うべきかは悩ましいところだが、いずれにせよ慧眼恐るべしといった感じだった。


「しかし、冗談抜きで気をつけろよラブちゃん。古今東西、二兎追う者が二兎そのまま得られた試しはないからな。空腹で帰ってくるってだけならまだいい方。下手すりゃお前のほうが兎になって、捕まって、はらわたを食い破られてしまうかもね。ま、それはそれで見てみたい気もするけど」

「スプラッタ期待されてるとこ悪いですけど、ほんと何もないですよ。一応、ご忠告だけ覚えておきますけど」


 そもそもあいつらは、二兎どころか一兎だけでも十分手に負えないタイプだろう。

 なんなら、兎かどうかすら怪しい。


 俺たちは四年生女子が利用する部屋の前に到着する。「ここに置いてくれればいいよ、ありがとう」と床を指差すと、相楽さんは俺の顔を見据えながら小さく肩を竦める。


「まあ、この合宿中にハメ外して、というかむしろハメ倒したりさえしなけりゃ、私としてはなんでもいいんだけどね」

「いちいち下ネタぶっこまないと話できないんですか、あんたは」

「うーん、これは割とマジの話ではあるんだけどな。ま、仮に間違いが起きたとしても、それも含めて青春だ。存分に楽しみたまえ、若人」


 そんな年寄りのような言葉とともに相楽さんは自身の部屋に消えていった。

 ……引率の先生かな?



 初日はそんな感じで、さしたるイベントもなく進んでいく。

 例年、到着した当日はこんな感じだ。むしろ、遊ぶ時間がないおかげで、小説のプロット作りに時間を費やすことができた。

 見れば、自室でスマホにアイデアを打ち込む者、大広間でノートPCを起動し早速文章を作り始める者、動き方は様々であった。

 とりあえずで文章を起こしながらアイデアを練るタイプの俺は大広間のイスに腰を据える。


 唯一の部外者である友口は、そんな俺たちの様子を見ながらアイスを頬張りつつ、すっかり気の抜けた表情で椅子を後ろに倒しながらゆらゆらと器用にバランスをとっていた。


「おお、みんな真面目にやってんなァ。感心感心」

「何を言っている、友口。合宿に参加したからにはお前も作るんだぞ」

「えっ」


 とまあ、そんな具合に相楽さんから釘を刺され、渋々スマホに文章を打ち込み始めた友口と肩を並べる。


「『今夜は雨が降るかもしれない。そうしたらあの月から傘を持ったあの子が降ってくるかもしれない。そうしたらきっと失われたはずの悠久の時がきっと動き出すのだろう』」

「いろいろ言いたいことはあるしどんなストーリーなのかも全然読めねえけど、どう考えてもそれホラー小説じゃねえだろ」

「軽妙洒脱な小説を目指してみました」

「お前がそんな言葉を知っていることがまず驚きだが、なぜその語彙を文章に活かせないのか」


 どこらへんが軽妙洒脱なんだよ。


 つーか軽妙洒脱なホラー小説なんざ聞いたことがねえよ。

 かき氷にアツアツのステーキソースかけて食すようなものだ。


「そういう愛澤はどういう小説書くつもりなんだ?」

「さあ……どうなるかな。書いてるうちに形にはなっていくと思うけど。ちゃんとしたホラーになる可能性もあるし、ホラーミステリーになるかもしれないし、ハートフルなホラー小説になる場合だってある」

「ほお、ホラーにハートとはトンチが利いてていーや」

「別にトンチを利かせたつもりはないけど」


 そんなこんなで話をしているうちに、半ばなし崩し的に友口の推敲を手伝うことになる。

 奇々怪々な友口の作文に口を出しつつ自分の文章も練っているとあっという間に時間は過ぎていく。

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