第69話
「邪魔するぞー」
そんな声とともに俺たちの部屋の襖が勢いよく開かれる。
堂々と乗り込んできたのは部長の相楽さん。サイズが二つくらい大きいのではと思うほどダボダボのTシャツにハーフパンツという出で立ち。ともすれば、下には何も穿いていないのではと妄想させるほど明け透けな格好であった。
健康的な太ももを惜しげもなく晒しているのだが、しかし如何せんボサボサの髪型と野暮ったい表情のせいもあって、イマイチ扇情さに欠ける感じだった。
顔自体は整っているのだが、あらゆる面で無頓着なのが実に惜しい人材のように思う。
まあ逆にそうした面がウケてか、一部男子からは熱烈な支持を受けているようだが。
「あ、相楽さん。どうかしたんすか」
「あー、ラブ澤、お前でいいや。ちょっと手ェ貸して」
「……手でも足でも貸しますんで、ラブ澤って呼ぶのいい加減やめてくれませんかね?」
「なんでよ、いいじゃんラブ澤。北澤みたいでさあ」
ラブ澤が良いという感覚も、北澤に似ているという感覚も、北澤が良いという感覚も、俺には全てわからなかった。
兎に角、独特の感性をしている相楽さんは、何やらこの呼び方を気に入っているらしい。外でも普通にこの呼び方をしてくるものだから、たまったものではない。
俺を連れて行かんとする相楽さんに対し、同期の男どもが立ち上がる。
「ちょっと待ってください相楽さん、いま俺らはラブ澤で遊んでるんですよ」
「そうっすよ。イカサマでゴミカード集めてることに、ラブ澤が何連敗目で気づくか賭けてるんですよ!」
「お前らよくそんな残酷な遊びができるな!」
さながら実験動物の気分だった。
こいつらを友だちだと思っていたのは俺だけなのかもしれない。
「お願いします、相楽さん。あと一試合だけやらせてください!」
「その話聞かされて俺がまだゲーム続けると本気で思ってんの? だとしたらお前ら漏れなく全員狂ってるよ」
そんなやり取りを前にし、心底面倒くさそうに相楽さんは眉間に皺を寄せる。
「もう、めんどくさいな。別に他のヤツでも良いよ。荷物運びさせるだけだし」
「さぁて、ゲームの続きするかあ」
「次はババ抜きにしようぜ」
「お前ら、マジで覚えてろよ」
あっさりと身を翻す同期連中に俺は恨み節を残し、相楽さんに付き従って部屋を後にする。
館内には他の宿泊客の姿は見えない。
というのもこの宿は俺たちが貸切にしているからだ。
貸切と言ってしまえば大袈裟に聞こえるが、そもそもそこまで大きな宿ではない。
リノベーションのおかげか部屋は綺麗なものの、廊下や屋根、洗面所など施設の至る所に老朽化が見て取れる。もしかしたら、老朽化が進んだことを受けて、学生たちを受け入れる格安の宿泊宿スタイルに切り替えたのかもしれない。
そうはいっても数日過ごす分には何ら問題のない、実に快適な宿という印象だ。
俺たちが夕餉を食し、執筆作業をこなし、飲み会を行う大広間(規模的には中広間くらいの感じだが)に並べられる机や椅子もそこらの学校よりも――なんならウチの大学よりも綺麗なものだったし、風呂場は足を目いっぱい広げることのできる大浴場となっていた。
さすがに厳選かけ流しとまではいかないけれど、大学生が泊まる格安宿泊宿としては文句のつけようがなかった。
「ここに来るのも今回が最後かぁ」
「やめてくださいよー、初日にセンチになるの」
俺たちは中庭に面した廊下を歩く。
空から吹き抜けていく夏風は僅かな熱気を帯びていた。田舎のおじいちゃんの家に遊びに来たような、なんだか懐かしい気持ちになる。
「悪いんだけど、この段ボールを私の部屋まで運んで欲しいんだよね」
俺たちは廊下の突き当たりにある物置の前に立っていた。
なんでも、歴代の部長に引き継がれている段ボールなのだそう。中身はボードゲームやパーティグッズなのだが、旅館のご厚意で保管してもらっているのだという。
ずっしりと重みのある段ボールを持ち上げると、俺たちはもと来た廊下を引き返していく。
「ラブ澤、お前最近随分と楽しそうじゃないか」
「え、そうすか? まあほどほどって感じっすけど」
人生を楽しんでいないというわけではないのだが、しかしあえてそんな言葉を投げかけられる心当たりがなかった。
「佐藤に飽き足らず、結月と上郡ともよろしくやってるみたいじゃないか。ラブ澤のラブハーレムとは恐れ入るよ」
俺は思わずむせる。
「綺麗どころを次々と垂らしこむのは一向に構わんが、揉めて流血沙汰にだけはしてくれるなよ」
「しませんよ、ってかなんですかそれ。どんな言いがかりですか」
「あ、流血沙汰ってのは初めてぶっ刺した時に出てくるやつも含めての話な。ふっ、この場合は揉めてというよりは揉んで、という表現になるか。あははっ」
「そんなモンわざわざ含めなくていいんだよ! ……です。心配御無用、です!」
「そうだな、ゴムがないと心配だ」
話せば話すほど墓穴を掘る感じだった。
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