第68話

「わたしの時と比べて随分と楽しそうなデートだったみたいじゃないですか。なんですか、わたしの時は予行演習だから手を抜いていたということですか」

「いや、別にそんなつもりはないって。上郡との時だって俺なりに色々考えたつもりだったよ」

「身なりも随分と小綺麗にされたみたいですね。本気度合いが全然違うようですが」

「俺のファッションについて指摘したのはお前だろうが。あそこまで言われて無策で臨むほど腐っちゃいねえよ」

「わたしを糧にして結月さんと最高のデートを繰り広げるだなんて、ホントいいご身分ですねっ」

「いや、そもそも予行演習ってそういうものでは……」

「いいゴミ分ですねっ」

「だから別にそんなつもりは……あれ、気のせいかな、いまゴミって言われた気がするんだけど」

「ゴミはゴミでも不燃ゴミですっ。調子に乗らないでください」

「不燃ゴミが良い意味か悪い意味かはさておき、世界のどこ探してもゴミ扱いされて調子に乗るやつはいねえよ!」


 上郡は憤懣やるかたないといった具合に、残るアイスティーを一気に啜る。

 何にキレてるんだこいつ。


「まあ、冗談はさておき。結月さんのそれは、わたしにはそんなに悪いこととは思えませんけどね」

「……どういうこと?」

「形はどうあれ、内容はどうあれ、結果的に結月さんの胸襟を開くことには成功しているじゃないですか」


 視点を変えれば確かにそういう風にも取れるだろう。

 あの言葉は、間違いなく彼女自身の言葉であり、本心の現れであったように思う。


「胸の間を覗き見ることに成功しているじゃないですか」

「思いついたようにわざわざ破廉恥に言い直すんじゃねえ」

「まあ、覗き見をライフワークとするせんぱいには朝飯前でしたね」

「そんなことをライフワークにした覚えはねえよ!」

「冗談はさておき、今までの結月さんなら絶対に言わない発言だとわたしは思いますね」

「何回さておくつもりだよ……まあ、言いたいことはわかるけど」


 たとえ本心だとしても、むしろ本心だからこそ、彼女はそういった感情をひた隠しにしてきたはずだ。

 付かず離れず。

 全ての人間から平等の距離を保つために。


「兎角、前にも申し上げたとおり、結月さんの心のうちは正直わたしにも掴みかねます。あなたが嫌いですという内容であっても、その本心を引き出せたのはプラスと考えて良いのでは」

「いや、嫌いと明言されたわけじゃねえよ。好きになれないって言われたんだ」

「そこもポイントだと思いますよ。裏を返せば、せんぱいのことを好きになろうとしたってことですからね」


 なるほど、ものは言いようというわけか。


「いずれにせよ、今回のイベントでせんぱいの中の結月さんに対する心理的ハードルも下がったことでしょうし、ここから先は様子を見ながら新しい手立てを考えていきましょうか」


 そう言って、上郡は薄く笑った。



 と、まあそんな具合に報告会は為されたものの、以後今日に至るまで上郡から特段の連絡はなかった。

 何かしらアクションを起こすとしたらこの合宿ということだろう。何をするつもりなのかは聞かされていないが、どうせ予想は当たらないので考えるだけ無駄な気がした。


「ほいっ、八切で流してこれであがり〜」

「おい、また愛澤が大貧民かよ」

「ここまでくると逆につまらんわ」

「最強カードがジャックでどうやって勝てば良いのか教えてくれ」

「いやいや、そういう貧乏アピールいらねえって」

「スベッてるぞ愛澤」

「お前らマジで覚えとけよ」


 宿に到着した俺らは当然のように時間を持て余していた。

 時刻は昼を過ぎている。出掛けるには少し遅過ぎるし、風呂に入ってまったりするには少し早過ぎる、中途半端な時間だった。

 そんなわけで同部屋の同期たちと大富豪(地域によっては大貧民というのだろうか)に興じることにしたのである。

 目下、俺が3連続で大貧民に甘んじたところであった。


「そら、愛澤よ、良いところを見せてみろ」


 友口からの雑な煽りに唇を噛み締めつつ、俺は目の前のコップに注がれたビールを飲み干す。


 ところで、今回は文芸部オンリーの合宿である。

 従って、なぜ友口がこの場にいるのかと聞かれれば、俺は知らないとしか返すことができない。


 いやほんと、コイツなんでここにいんの?


「まあ細かいことは気にすんな。ハゲるぞ」


 むかつくなこいつ、ハゲすぞ。

 だなんて心の中で毒づいてみる。実際に口には出さないところが愛澤くんの奥ゆかしいところだ。


 聞いてみると、なんでも相楽さんと飲み会をした際に誘われたらしい。一時期、仮とはいえ文芸部に入り浸っていたのだから別に顔を出しても構わないと。


 普通の精神をしていれば、そうはいっても所属していない部の合宿に出席するだなんて厚顔無恥な真似はしないだろう。誘われたとしても社交辞令として受け止めるところだが、しかしそこはさすが友口、常識が通用しないらしい。

 まあ誘った人間が相楽さんであることを考えると、なまじ社交辞令で誘ったとも言い切れないのだが。


 ちなみに、バスの集合時間に寝坊で遅刻したのはこいつだった。

 はっきり言って、俄に信じがたいレベルのツラの皮の厚さである。

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