第18話

「……その賭けってさ、上郡さんにとっては何かメリットあるわけ」


 胴元が儲からないと謳うギャンブルは十中八九どころか百発百中でただの詐欺だ。経済学を学んでいなくてもそんなことは自明の理である。

 世の中においしい話なんてものは存在しない。何事もトレードオフだ。


 上郡さんは俺の問いかけに対し、さして間を空けることもなく淡々と答える。


「今、ここでは言えないのですけれど、わたしにはこの大学で絶対に成し遂げたいとある目的があります。その目的のためにはせんぱいの力が必要不可欠になると確信しています。もちろん、法を冒すような目的ではないので安心してください」


 そう断言する。言葉には不思議と力を感じた。

 うーん、よくわからないが評価されている、ということなのだろうか。何を評価されているのかもよくわからないけれど。

 ニュアンスとしては、力を借りたいというよりは上手く利用したいという方が近そうではある。だがまあその方が変な下心を余計に邪推する必要がなくて有り難くはある。


 しかし思いのほか、ふわっとした回答であることも事実だ。嘘があるとは思っていないが、全幅の信用をおいて良いものかどうか悩ましい。

 そんな心境が表情に現れでもしていたのか、上郡さんは顎に手をやりながら言葉を選ぶ。


「あ、今のはあくまで大枠の話でして、一回一回のお手伝いについてはそれぞれ対価をもらえたらと思ってます。たとえば、女の子を一回アテンドするごとに何かお願いを聞いてもらうとかですね」

「ふーん、ま、わかりやすくはあるな」


 アテンドという表現はあまりにもストレートすぎるので勘弁して欲しいが。

 色々と世間も過敏になっているご時世なのでやり方は考えようね!


「要約しますと、マクロ的には、トラウマ克服の手伝いをする代わりに、せんぱいはわたしの目的に力を貸すということで利害を一致させつつ、ミクロの動きとしてわたしがせんぱいにシチュエーションと具体的な指示を提供する代わりに、せんぱいがわたしの犬になるということでお願いします」

「犬? いま犬って言った?」

「ギブアンドテイクの等価交換、Win-Winということでいきましょう」

「等価交換って言えるのそれ? ていのいい奴隷契約では?」

「この世で最も強固な関係は、恋情ではなく、利害関係なのですよ」

「主従関係の間違いじゃないよね?」

「お互いの自己利益を追求することで労力コスト結果リターンも最適化され、双方の繁栄につながる。経済学的に言えば、これがいわゆる神の見えざる手というやつですね」

「上手いことまとめんじゃねえ。意味わかんねえよ。アダムスミス舐めんな」


 兎にも角にも、都度協力し合って二人ともゴールに近づいていきましょうということらしい。

 ソファーに沈み切った身体を起こし、およそ三歩程の距離を挟んで上郡さんに対峙する。

 これだけは確認しておかなければならない。


「……一応、質問なんだけどさ、こんなこと訊くのも恥ずかしいんだけれど……上郡さんって俺のこと割と慕ってくれてたり、する?」

「は?」

「アッ、なんでもないッス」


 あまり自意識過剰と思われないよう控えめに聞いたつもりだったが、なんでも直球勝負、合理性の鬼である彼女にとっては婉曲表現などあってないようなもののようで、案の定というべきか凄い顔をされた。

 凍てつくような視線を受け、思わず目を背ける。

 だってさあ、しょうがないじゃん!聞きたくなるだろお!一緒にトラウマ克服していきましょうなんて言われたら意識もするだろ!


 上郡さんは嘆息を吐き出し、やれやれといった表情で視線を斜め下へ向けたのち、再度こちらに向き直る。


「――まあ、佐藤さんの件もありますし、せんぱいが気にするのも理解できますけどね。顔だけ見れば整っているので自意識の鬼になるのも仕方ないです」

「やめてくんないその言い方」

「あいにくですが、わたしはいわゆる"青春"みたいな恋愛のための恋愛はするつもりがありません。付き合って、お互いが乳繰り合うために時間とお金を費消して、挙句別れて最終的にはどこの誰とも知らない他人になっていく、だなんて非合理的と思いませんか」


 うーん、大学生らしからぬ発想ではあるが、そういう考え方もあるのか。

 大人びているというよりは達観しているという方が表現としては近い。

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