第19話
「ロクな恋愛をしてきてない俺が言うのもあれだけどさ、学生恋愛ってある種の消耗品というか、娯楽というか。たとえその場限りでも、楽しくていい思い出を作れたらいいものなんじゃないの、って思うんだけど」
それに、学生恋愛に価値がないというのであれば、きっと学生時代の友情だって似たようなものだろう。
それらを全て無価値と断じるのは――あまりにも寂しくないだろうか。
「友情を否定するつもりまではないですよ。友だちがいないと色々と生きづらいと思うので。講義に関する情報を交換できないのは結構痛いですし。それが本物の友情と言えるのかはわからないですが」
上郡真緒はどんな時でも実利重視らしい。
「恋愛に関してだって、本気で結婚するつもりだったのに結果として別れたというのであればまだわかりますよ。ただ自分の価値が最も高い十代後半、二十代前半の四年間を、自分の人生において大した価値を持たない異性に捧げるのは割に合わないと思っただけです」
「人生何週目なの君」
「別に貞操を守りたいとかそういうわけではないですけどね。性欲に溺れて
「女の子が発情とかオナニーとか言うなよ~」
「もしわたしがどなたかとお付き合いを始めた場合には、その時はその人と結婚するものだと思っててください。どんな障害があろうと、わたしは一度愛した男性と一生添い遂げます。わたしが認めた男性は食らいついて絶対に逃がしません」
スッポンみたいなやつだ。
しかし本当にそうなるんだろうという未来を強く予感させる。
上郡さんに惚れられるレベルの男がこの世にどの程度いるかはわからないが、きっと苦労することだろう。
「少なくとも今のわたしの周りにはそれに値する男性は見つかっていませんが。なので、せんぱいも勘違いしなくて大丈夫ですよ」
そういってニッコリ微笑む。笑顔だけは年相応に華やかさを帯びている。
男として見てませんよ的発言に対して安心するのもどうかとは思うが、少なくとも言葉に嘘や欺瞞は見られなかった。
ひとしきり喋り終えた上郡さんはふぅと小さく息を吐き出すと、緩やかな動きで両の掌を胸の前で組む。
それはある種の祈りのようにも見える。
ジッと俺の瞳を見つめ、意を決したように口を開く。
「わたしを信じてほしい、だなんてことは言うつもりはないです。信頼や恋情だけで成り立つ関係ほど脆いものはありませんから。だから取引なんです。だって、利害関係の方が人を信じられるでしょう?」
それは在り来たりな口説き文句より、よほど心に響く説得力を持っていた。
きっとそれは俺がずっと求めていた言葉だったように思う。
俺の事情は、家族はもちろん美優姉も知っている。
みんなが俺に気を使ってくれていることには本当に感謝しているし、いつか何らかの形で恩を返したいと切に思っている。
けれど、きっとみんなが思う恩返しの形は、俺がトラウマを克服することそのものなのだろう。
期待に応えられない日々。謂わば一方通行の献身。
無償の愛というのは、今の俺が背負うには大きすぎる重圧だった。
だから俺は拠り所を探していた。お互いに気遣いすることなく自分の悩みを共有できる相手を、一方的に支えてくれる相手ではなく手を取り合える関係を。信頼ではなく、信用のできるパートナーを。
俺は、この停滞の泥沼から一歩踏み出すことを決める。
「――間違いないね。これからよろしく、上郡さん」
「ええ、こちらこそ」
そうして互いの顔を見合い、二人で笑いあう。
決して手を握り合うことのない、奇妙な協力関係が成立した瞬間だった。
それでも彼女となら、合理性を極めた上郡真緒となら、少しずつ前に進んでいける、そんな気がする。
「とりあえず、一つ目の取引です。わたしのことは上郡と呼び捨てにしていいですよ」
「……上郡」
「ふふ、取引成立ということで、こちらからもお願いをしましょうか――おい、パン買って来いよぉ」
「のっけからその路線でいくの!?」
「一度やってみたかったんです」
前言撤回。前途多難になりそうだ。
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