第94話

「愛澤せんぱい、丸っきり揶揄われていたって感じでしたね。相楽さんって、ある種せんぱいが一番苦手なタイプなんじゃないですか」

「……まあ、人間的な部分は置いといて、こっちの意図が全部見透かされてる感じがするってのは正直やりづらさはあるな。俺の十八番の口八丁手八丁が通用しないというか。表情がブラフになっていて、やっていることと考えていることがリンクしてないんだよな、あの人」


 決して人間性の部分は嫌いではないし、欲望や要求を素直に口にできる性格はなんなら気持ちいいとすら感じてしまうのだが、しかしコミュニケーションという点では苦手意識を禁じ得ないタイプだった。

 目の前の上郡や結月さんも腹に一物抱えるタイプではあるのだが、相楽さんの方はより『企んでいる』という表現の方がしっくりくる。


 いずれにせよ俺が御せる人種ではなかった。

 まあ文芸部全体を見渡しても相楽さんを御せている人はいないのだけれど。


「別に、せんぱいの考えていることは相楽さんでなくてもある程度お見通しなんですけどね」

「そういや、そんな会話もしたな」

「これだけ二人でお話しているのですから、そろそろせんぱいもわたしの考えていることを見通せるようになるべきです」

「べきですと言われてもな」


 俺は冷蔵庫からビールやらサワーやらの缶を取り出しながらそう答える。

 表情から心内が読めないのは上郡も同じだ。そもそも、話した時間が長いからといって以心伝心になれるというものでもなかろう。

 それが叶うのであれば、きっと俺はこうはなっていないだろうから。


「では少しせんぱいを試してみましょうか」

「あん? 試す?」

「以心伝心ゲームです。どんどんぱふぱふ」


 上郡は取り出した缶を抱きかかえながら、いつも通り平坦な口調で効果音を発する。

 一般的に以心伝心ゲームと言えば、お題に対して複数人で回答を行い、その内容を一致させるというものだ。回答者の人生が垣間見えるゲームであり、裏を返せば自分の主義趣向が詳らかになってしまうことから、実は想像以上に奥深いゲームであるように思う。


「わたしがお題を言いますので、せんぱいはわたしの回答を予想して答えを考えてください。要はわたしの回答を当てるゲームです。ですので、単純な以心伝心ゲームと違い、捻くれているわたしがどんな回答をするか推測する必要があります。まあ、とはいっても全く荒唐無稽な回答をするつもりもありませんが」


 捻くれているという自覚はあるんだな。


「三問出題しますので、そのうち一つでも回答が一致すればせんぱいの勝ちとしましょう。その場合はご褒美を差し上げます。逆に一つも正答できなければ罰ゲームを受けていただきます」

「ご褒美よりも罰ゲームの内容の方が気になって仕方ないんだが……俺は一体どんな罰を受けるんだ」

「わたしの心が理解出来ていないということで、『上郡真緒』という文字を一万回書き取りしていただき、わたしへの理解を深めてもらいます」

「それはもはや罰ゲームじゃなくてただの修行だろ! お前の名前を書くことで深まるのは漢字への理解だけだよ!」

「ご褒美の方は、一週間限定でわたしがせんぱいのことを猫撫で声で『ゆうまさん』とお呼びし、同時に期間中は一切罵倒を控えることを誓いましょう」

「前半はともかく、罵倒の方はご褒美でなくても控えろよ!」


 それに前半も別にご褒美という感じはしない。

 なんだか背筋がざわざわしそうだ。


「まあ、ご褒美とか罰ゲームはさておき、ルールは理解したよ。いいだろう、特に自信はないが受けて立とう。愛澤悠馬は申し込まれた勝負からは逃げない男だ」

「いい心がけです。では第一問、『動物』といえば?」


 なるほど、一問目はオーソドックスなテーマだ。

 普通の女の子なら猫とでも答えるのだろうが、目の前の上郡は一味違う。心内を容易に類推できるほど記号化された女子ではないのだ。

 人の想像を良くも悪くも上回る彼女の思考回路を分析し、推測し、答えを組み立てなければいけない。


 俺ごときが推し量れる器ではないのだろうが、これは俺にとってもある種チャレンジなのかもしれなかった。

 上郡真緒という高い壁を乗り越え、成長していくための挑戦だ。

 熟考の末、俺は結論を出す。


「……オーケー、答えは……『人間』だ!」

「ぶぶー、ハズレです。正解は『猫』です」

「お前にはガッカリだよ!」


 俺は思わずそう叫んでいた。


 いや、猫て!

 猫て!!

 俺も好きだけれど!


 そんな俺のリアクションも意に介さず、とぼけたような表情を浮かべる上郡。


「はい? 動物といえば猫でしょう。むしろ猫以外に動物っているのでしたっけ?」

「お前がもしそんなことを考えているのなら、そもそもお題自体が皆目破綻してんだろうが! というか、お前の中で人間とか犬は一体どういう位置付けなんだよ」

「わたしの中で動物といえば猫なのです。猫以外の動物をわたしは動物と認めません」

「お前は人類すらも否定するのか……」

「せっかく、ご褒美の猫撫で声という伏線を張っていたのに、察しが悪いですね」

「伏線だったの!? 気づくかそんなもん!」


 しかし考えてみれば、この意外性も上郡らしいっちゃ上郡らしい。裏の裏をかかれた感じだ。

 とれる問題を逃したようで、なんだか悔しい。


「将来、猫と一緒に暮らすのがわたしの長年の夢なのです」

「それは知らないが……」


 どうやら本当に猫が好きらしい。

 こういう時だけ素直になるんじゃねえ。

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