第93話
「今の文芸部は刺激が足りないんだよ。擦れてるっていうのかな。妙に割り切ったやつばっかりで面白くないんだ。その点、お前たちみたいにピュアな青春送ってるやつらを見ると、ちょっとばかし引っ掻き回してやりたくなるんだよ」
「……いい性格してますね」
「だろう? 性格と才能だけが私の取り柄でね」
相楽さんは俺の肩に自らの肘を乗せ、耳に口元を寄せ囁く。
「私、お前なら抱いてもいいと思ってるんだぜ。顔は好みではないけど、まあ十分に合格。性格もちょっとナヨっとしたところはあるけど、芯が通ってるところはベリーグッドだ」
「……いや、そう言われましても」
「ラブちゃんから見ても悪くない話だろ? 私って薄目で見ればそこそこ可愛いと思うんだ。胸だってある方だよ。まあ、腹の肉がないわけではないが、それも抱き心地の面ではプラスに働くはずだ」
「ちょ、近いっ……」
耳朶を打つ吐息に俺は身体を硬直させる。
確かに、相楽さんのビジュアルは悪くないどころか、きちんと整えれば結月さんや上郡にも引けは取らないだろう。あえて薄目で見るべくもない。
常にダボっとしたTシャツを着用しているせいでスタイルの良し悪しについてはあまりイメージがないが、しかし二の腕に感じるぽよんとした柔らかさが気のせいでないのならば、彼女の発言は当を得ているように俺は感じた。
「なあ、いいだろ? 先っちょだけ、先っちょだけだから!」
「古今東西、先っちょだけで済んだ試しはないでしょうよ!」
「誰にも言わないわけじゃないけど、誰彼構わず言うことはしないからさあ!」
「少なくとも誰かしらに言う時点でヤですよ!」
っていうか言わなくてもヤだよ!
俺の貞操はそんなに軽くない。
「良いではないか~、良いではないか~」
そう言って一層しな垂れかかってくる相楽さんであったが、俺はそれを本気で拒絶することはできないでいた。
無論、至近距離に女子が迫っているために身体が固まってしまっているというのももちろんあるのだが、それ以上に相楽さんの言葉にあまり本気度を感じなかったというのが大きい。
水面に石を投げる
まあしかし本気で拒絶できなくとも、受け入れることもまた出来ないわけで、結果として俺は上司のセクハラを躱す女性社員のように縮こまることしかできなかった。
「――ご歓談中失礼します、愛澤せんぱい」
そうして俺が耐え忍んでいると、背後から救いの言葉が投げかけられる。
「飲み物をとってきたいのですが、手伝っていただけますでしょうか?」
俺が振り向いたその先では、小さく小首を傾げた上郡真緒が立っていた。
いつの間にか、結月さんとの談笑は終えていたらしい。
俺は一も二もなく言葉を返す。
「当たり前だろ。手伝うよ、手伝うに決まってる。たとえ火の中だろうが水の中だろうが、北極だろうが南極だろうが、太陽だろうが月だろうが、お前のスカートの中だろうがあの子のスカートの中だろうが、上郡が望むならどんな場所にだって手伝いに行くぜ」
「さすがにスカートの中にまで来られるのはご勘弁いただきたいですが」
俺の食い気味な反応に上郡はほんの少し面食らった様子だったが、俺としてはそう言いたくなるくらい、それはありがたい救いの手であった。
「はあん、
それまで俺にダル絡みしていた相楽さんだったが、そんなことを呟きながらも案外あっさりと身を引いた。
待っていたとばかりに。
狙い通りと言わんばかりに。
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振る。
「ほれ、行ってきなさいな。私の分のビールもよろしくなあ、ラブちゃん」
「……」
なんだか釈然としない想いを抱きながらも、これ以上変な絡み方をされても困るので、俺は何も言わずに席を立った。
俺は上郡と並び歩く。
「いや、助かったよ上郡。酔っぱらいに絡まれた女の子の気持ちがよくわかったよ。これからも、どれだけ飲んでも異性に迷惑をかけないことを俺は固く心に誓ったね」
「どちらかといえば蛇に睨まれた蛙の構図でしたけどね。それに、酔っぱらって性格が豹変するというのはただの勘違いで、実際には普段抑圧されているその人の本性が現れるだけなのですから、せんぱいの場合は大丈夫でしょう」
「……まあ、そうかもしれないけど」
「ビビりなせんぱいの場合は大丈夫でしょう」
「わざわざ言い直すんじゃねえよ」
「わたしが太鼓判を押します」
「勝手に押すな」
俺たちは飲食スペースから少し離れたところにある建物へと足を運ぶ。
中に設置されている冷蔵庫に俺たちは飲み物を保管しているのであった。
「口実とはいえさすがに手ぶらで帰るのもあれなので、言い訳程度に飲み物を持って帰りましょうか。申し訳ないですけど、せんぱいにも持ってもらいますよ」
「わかってるよ。当たり前だろ。助けてもらった分はしっかり返させてもらうさ。受けた恩は返すのが俺の信条なんだ」
「奇遇ですね。わたしも同じです。受けた仇は三倍で返すのがわたしの信条です」
「そんな物騒な信条と同列視されたくねえよ!」
「受けたものに対してはきっちりと報いなければいけないですものね。それが人間としてあるべき姿です」
「それを報復っていうんだよ似非アベンジャーズ」
ここで百倍と言わないあたりかなりリアルな数字のように思えた。
上郡だけは敵に回したくないところだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます