第29話
「えええっ!?」
「こらこら、なんで言った本人が私より先にリアクションとって、しかも驚いてるのよ」
「うるせえな! 驚くに決まってんだろ!」
「なんで私が怒鳴られてるの!?」
結月さんが目を丸くする。
いや怒鳴ってしまったのは申し訳ないのだけれど、こちらとしても驚いたのだから仕方ない。
「俺、結月さんとデートしたいの?」
「それ、私が聞きたいんだけど」
「……うーん、別にそこまでではないかなあ」
「殴りたいんだけど、ねえ、殴っていい?」
俺が答える前に肩をバシッと引っ叩かれる。
パーじゃなくてグーだった。割とガチ目のパンチである。
思案する。うーむどうしたものか。
いやはや、自分でもビックリである。まさかあの場面で結月さんをデートに誘うとは。美優姉以外の女の子をデートに誘うのなんて何年ぶりだろう。
けれど、理性では咀嚼しきれない本能に似た何かが、彼女をデートに誘えと叫んだのだ。
人はきっとそれを直感と呼ぶ。
ならば今はそれに従おう。100%ノープランで不安しかないが、きっと何とかなるだろう。
結月さんの様子を窺ってみると、半分は呆れたような顔、もう半分は少し怒ったようなフェイス。
いつもの冗談だとでも思っているのだろうか。プチおこ結月さんは眉間にギュッとしわを寄せ、俺の言葉を待っている。
まあそうだよな。少し状況を整理していこう。
俺は心を落ち着かせ、おもむろに口を開く。
「で、どこに行きたい?」
「待って待って。私まだ行くとは言ってないんだけど」
「なに、訊いてないぞ」
「うん、まあ、答えるタイミングを逃していたというか」
「いや、結月さん自身が行きたいかどうかをそもそも訊いてない」
「ねえ酔ってるでしょ」
「酔ってるか酔ってないかでいえば、酔ってないわけじゃないけど大丈夫、が正解だな」
「二択で答えろよ~! てか酔ってんじゃんか~」
確かに酒の力を借りたのも事実ではあるが、自分の判断力がおかしくなるほど酩酊しているつもりもない。
まあ酩酊してるやつは自覚なんてできないんですけどね。
結月さんは言葉にしづらい微妙な表情を浮かべている。
それはどうやら、俺に誘われたのが嫌だけど断りづらいという感じではなく、俺の真意を測りかねている様子だった。
……そうだよね? それって嫌がってる顔じゃないよね?
俺はそのまま結月さんの顔――を凝視し続けるのが恥ずかしかったため、代わりに斜め向かいの店舗に目線をずらし、周辺視野で結月さんの機微を捉えようとする。斜向かいのお店は定食屋のようで、店じまいの時間なのか腰の曲がりかけたおばさんが店頭に飾った暖簾を仕舞おうとしていた。そんな様子を見ながらも結月さんの表情を視界の端にしっかりと捉えることができている。
実はこれ、地味に俺の得意技だ。気になるけど視線は向けたくないってときに有効である。
注意点は、視界の端に意識が割かれ、少々アホ面になりやすいところだ。これはまあ訓練していけば俺のように自然に振る舞えるようになるだろう。
「なに、そのバカみたいな顔」
どうやらアホ面は回避したものの、代わりにバカみたいな顔になってしまうらしい。
どういう顔だよ。
結月さんはハアと嘆息を吐き出すと、俺を値踏みするような視線をこちらに向ける。
「……一旦、本当に行くかは置いておいて、どうして私を誘ったのかだけ教えてもらえる?」
ジッと俺の目を見つめ、答えを促す結月さん。
ここはきっとふざけちゃいけない場面だろう。シリアスな、真摯な答えを求められているとわかる。
だから、俺も本心で回答する。
「んー、まあ、一言で表すなら、ノリ?」
「……こいつマジかよ」
結月さんは見たこともない表情で、聞いたことがないような言葉を零す。
けれど、俺だって適当に答えたわけじゃない。
少しずつ自分の本心をかみ砕くことができてきたからこそ、俺はそれを素直に伝えていく。
「あのさ、結月さんはすべてに理由をつけすぎじゃない? 別に気楽でいいんじゃないの? 誰がどうとかじゃなくてさ、たまには自分がどうしたいかで遊べばいいじゃん」
「……それって、私が愛澤くんと遊びたいと思うことが前提だよね?」
痛いところつきやがる。
俺と遊ぶことに価値を感じてもらえなければこの話は何の意味もなくなる。
「まあ、それはそうなんだけどさ、でも俺くらいの距離間の男友達と遊ぶのが一番気楽で楽しいと思うんだよね。これより遠かったり近かったりだと、それなりに気を使っちゃうだろ?」
「ん、それは一理あるかもだけど……というか、誰のためでもなくとか言う割に、愛澤くんはどうなの? ついさっき、私とは別に
「……確かにどうしてもデートをしたいってほど、恋愛感情を結月さんに抱いてるわけじゃないよ。でも、結月さんが
「……なんか、フラれると同時に告白されたみたいで、複雑な感情なんだけど」
結月さんはパッと両手で顔を覆う。
ふーっという深呼吸なのか溜め息なのかわからない吐息が指の隙間から漏れる。
「――そうだよね。愛澤くんってそういう人だもんね」
「あん?」
「うんうん、わかってたわかってた。やっぱり愛澤くんは愛澤くんだ」
呆れたようにも、諦めたようにもとれる言葉を繰り返す。
けれど声色自体は明るい。
顔をあげた結月さんはなにやら振り切れたような表情で口元を綻ばせる。
「いいよ。デートしよっか。私が心から笑える最高のプランってやつ、よろしくね?」
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