第15話

「珍しいね、上郡さんがここまで喋るの。どうして嘘をついてまであがりこんだのかな?」


 動揺を悟られたくない俺は、なんとか会話の主導権を取り戻そうと意図的に流れを断ち切る。

 そんな挑発めいた俺の返しも意に介さず、どころかさも聞こえてないかのように完全スルーを決め込んだ上で淡々と続ける。


「周りくどいやりとりは嫌いなので単刀直入にお聞きしますけど、せんぱい、佐藤さんに告白されたんですよね?」


 それは質問というよりはただの答え合わせだった。

 彼女なりの確信があってのことなのだろう。依然として彼女の目的と真意はわからないが、この問いかけについては誤魔化しても無駄だろうと悟る。


「……結月さんから聞いたの?」

「いえ、聞かなくてもちょっと見てればわかりますよ。佐藤さんが愛澤せんぱいを好きなことも――せんぱいは佐藤さんに特別な感情を持っていないことも」


 すべて見てきたかのようにサラっと言いのける上郡さん。

 図星をつかれたこと以上にその洞察力に衝撃を受ける。

 こいつ恋愛マスターか?

 もしくは女子ってみんなそのレベルの観察力持ってるわけ?

 今までの自分の感情も全て筒抜けだったのだろうかと軽く恐怖を覚える。


「はい、筒抜けですよ」

「俺の心と直接会話するのやめろ」

「こっちの方が会話がスムーズなので」

「やだこの効率厨こわい」

「せんぱいは、繕ってるように見えて割と顔に出やすいタイプですからねえ」


 そう言ってコロコロと鈴を転がすような声で笑う。

 所作の一つ一つが、この子は本当に俺が知っている上郡さんなのだろうかという疑いを惹起する。

 今交わしているこのやり取りに現実味を感じない。彼女に抱いていた幻想が全て壊されていく感覚。俺の中での上郡真緒が勝手にブレイクスルーしていく。


「せんぱいの心だけでなく行動だって筒抜けなのです。一つ推理してみましょうか」


 呆けた顔をしてるであろう俺の顔をじっと見つめ、真面目くさった顔でふむと呟く。


「せんぱいと佐藤さんが時間差で帰ってきたことを考えると、佐藤さんから少し遅らせてほしいとでもお願いされたのでしょうか。結月さんがせんぱいとお電話してから帰ってくるまでの時間を考えるとここから徒歩5分圏内のどこかで告白され、それを断った。そういえば近くに公園がありましたね。人通りは少なくもなく多くもなく、明るすぎず暗すぎず。大きな声でさえなければ人に聞かれる心配もあまりなさそうでした。きっと衝動的な告白だったでしょうし、場所としてはうってつけですよね。女性の影を匂わされて居ても立ってもいられず思わず、といったところでしょうか。ああ、良いんですよ、別に答え合わせを求めているわけではないので」


 目立った息継ぎを見せることなくツラツラっと言いのける。

 なんなのこの子……監視カメラでも付けられてたのってレベル。

 気分はさながら名探偵ポアロに追い詰められる真犯人だった。シェパード医師の気持ちがよくわかる。

 むしろ懺悔すらさせてくれない分、圧倒的に慈悲がなかった。ふええ……。


「ねえ、せんぱいはどうして佐藤さんを振ったんですか?」

「……それを聞くのが目的で戻ってきたの?悪いけど言いたくないな」


 現実に引き戻される感覚。

 精一杯の反抗を見せてみるも、あっさりと一笑に付される。


「言ったはずですよ。答え合わせを求めているわけじゃないって。せんぱいの心に問いかけたんです」


 冷たく俺の言葉を封殺すると、途端静謐が訪れる。

 気づけば俺と上郡さんは対峙する格好になる。

 二十センチはあろうかという身長差は今この場において概念を忘れられたかのように意味を為さなかった。

 全てを見抜いたような眼差しは俺の瞳を捉え、決して離さない。こちらが目を背けたくなる感覚を覚える。

 彼女の作り出す雰囲気に取り込まれる。

 まさしく、俺は上郡真緒に気圧されていた。


「ここからはわたしの完全な想像――いうか妄想なのですけれど、佐藤さんの性格を考えると、きっとあの方は告白するとき、こうしたんでしょうね」


 上郡さんがこちらに向けて踏み出した一歩。


 それはこの狭く閉じられた空間において、『たかが』と表現するにはあまりにも大きく、『されど』という言葉でも足りない大きな前進。


 彼女は佐藤さんの思考を忠実に想像トレースする。

 ゆらり揺らめき、一歩ずつ距離を縮めてくる彼女の肢体に30分前の出来事が重なる。


 気づけば俺は、『たかが』と表現するに相応しい後ろ向きな一歩を繰り出していた。

 しかし俺のかかとはすぐさま柔らかい感触に行き当たり、俺の体はソファーの上になだれ込む。

 自然、俺は彼女を見上げる形になる。吸い込まれるようなブラウンの瞳が冷たく俺を見下ろしていた。


「今度こそお望みの答え合わせをしましょうか――せんぱいは、どうして佐藤さんの告白を断ったのですか?」

「あ、え、それは」


 目前に迫る上郡真緒の端正な顔。もはや、俺はそれを直視することはできなかった。

 と指先は小さく震え、深く沈み込む俺の身体はソファーのスプリングを軋ませる。


「――俺、は、佐藤さんのこと、ただの友だちとしか、思っ、てなくて、そんな気持ちで付き合うなんて、できないから」

「やっぱりせんぱいは嘘つきのウサギさんですね」


 彼女は妖艶に笑う。


「せんぱい、わたしは答え合わせと言いました。そんな青春ラブコメでよく見るような上っ面のセリフが正解じゃないなんてこと、わかっているのですから、況やせんぱいをや、です」


 やっとの思いで紡いだ切れ端だらけの言葉を一蹴される。


「でも、これはきっと自分から言いだすのは難しいでしょうから、だからわたしが答え合わせをするんです」


 そうして彼女は小さく口にする。

 俺が身内以外には決して告解できなかった秘密を。


「――せんぱいは、女性恐怖症ですよね」

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