第14話
鉛のように重たい足を引き摺りながら我が家にたどり着く。
玄関を開けた先で待っていたのは、何が起こったかわからず動揺する谷中さんと、暗い表情の平塚、そしてスンとした顔で座ったままの上郡さん。
結月さんからは特に説明はなかったようだが、平塚だけはなんとなく察した様子だった。
今この時点ですべてを説明するのは得策ではないだろう。このメンバーの口が緩いと思っているわけではないが、間違った形で噂が広まりでもしたら佐藤さんを傷つけてしまう。
なんて、きっとそれも、この場での説明を避けたいという俺の逃げでしかないんだろうけれど。
「申し訳ないです。後日ちゃんと説明します」
「……了解。何があったかはわからないけど、僕にできることもなさそうだし、今日はもう帰るよ」
今の俺に紡げる言葉はほとんどなかったが、それでも谷中さんは優しい口調でそう言葉をかけてくれる。
「愛澤」
「平塚……」
「……ごめんな」
硬い表情の平塚がぽつりとつぶやき、俺の脇を通り抜ける。
やめてくれ、平塚。俺に謝られる資格なんてない。むしろ謝らなければいけないのは俺の方だ。
けれど俺は顔を上げられない。
「お邪魔しました」
この場において唯一いつも通りの上郡さんが最後に部屋を後にする。
あとに残ったのは、ほんの20分前まで楽しく飲み会をしていたのが嘘のような静けさ。
俺は見送った格好のまま廊下にへたり込む。ひんやりとしたフローリングが心を静めてくれているような気がした。
今日はこのままここで寝てしまおうか。多少風邪をひくくらいの方が余計なことを考えずに済んでいいかもしれない。
そんな自罰的な感情が思考を支配する。
そのまま膝を抱えてしばらくの間ぼーっとしていると、突如、来客を知らせるチャイムが静寂を切り裂いた。
こんな時間に宅配でもないだろうし、もしかして平塚だろうか?だとしたら俺は何を話せばいいのだろう。そんなことを思いながらノロノロと腰をあげる。
ドアスコープを覗く気にもなれずそのまま扉を開け放つと、そこに立っていたのは見覚えのある小さなシルエットだった。
「――15分ぶりですね、せんぱい」
「……え? 上郡さん?」
つい先ほど部屋を出て行った姿そのままの上郡真緒が、半開きのドアからこちらを覗き込む。
なにゆえここに?
一瞬フリーズしかける思考を強引に引き戻す。彼女がこの場に戻ってきた理由なんて一つしかないはずだ。
「あ、もしかして忘れ物?」
「そういうことです。定期ケースを部屋に置いてきてしまったみたいで」
改札で気が付いたんです、と付け足す上郡さん。
なるほど、状況を理解した。
「おけ。ちょい待ってて、俺が探して――」
「お邪魔しますね」
俺の言葉を待つことなくグイとドアを引き開くと、軽く会釈して靴を脱ぎ始める上郡さん。
相変わらずのマイペースっぷりに、少しだけ平常心を取り戻す。彼女の前でウジウジしていても仕方ない。少しはいつもの愛澤悠馬を取り戻そう。
心の中で喝!を入れた俺は、彼女が通れるスペースを空けるべく一足先に廊下を抜けた。
俺たちが卓を囲んでいたリビングにはすでに空き缶、ゴミは残っていない。どうやら俺が帰ってくる前に谷中さんたちがゴミ袋に片づけをしてくれていたらしい。感謝しかない。谷中さんと平塚の我が家カーストをワンランクアップさせる。おめでとう。あなたたちは『リバース人間』から『リバースするけど片づけはちゃんとする人』に昇格しました、めでたいね。
辺りを見渡すが、どうにも忘れ物はなさそうに見える。というかあれ、上郡さんもきっと掃除を手伝ってくれただろうに、自分が落としたことに気づかなかったのか?
ソファーの下にでも入り込んでしまったのだろうか。身をかがめソファーの下を覗き込もうとする俺に対して背後から声がかけられる。
「そんなところに落ちてないですよ」
「……あえっ?」
それは探し物をしている割には随分と断定的な表現であった。
変な姿勢をとっていたからか自分でもびっくりするほど間抜けな声が出る。
ソファーの下から体を引っこ抜き顔を上げると、にっこりと微笑を浮かべる美少女。これは別にダジャレではなくありのままである。
「定期ケースは実はここにあるのでした~」
「はあ?」
上郡さんは手に持った鞄からスルスルっと定期ケースを引き抜いてみせる。
状況がイマイチ把握できていない俺に対し、取り出したケースを自身の頬にあて、あざといポーズのまま、くすくすと笑う。
「ダメじゃないですか、せんぱい。こんな簡単に信じちゃ。女の子はみんな嘘つきなのです」
「……よくわからないけど、嘘をつかない女の子だっているだろうし、男だって大なり小なり嘘はつくだろ」
「いいえ、女は皆嘘つきです。これに例外はありません。童貞くさい幻想は捨ててください」
「各方面に敵作る発言やめろ」
でも、と上郡さんは続ける。
「後者にはまあ同意です。せんぱいみたいな嘘つきのウサギさんもいることですしね?」
それは俺の心の中心部をしっかり捕らえ、逃がさない、剣のように鋭い言葉だった。
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