第91話

「だいたい、おまえ散歩で得られたパッションとインスピレーションを文字に起こすとか言ってたけどよ、このパンティを小説のどこにどう活かすつもりなんだよ。官能小説でも書くのか?」

「おい、あんまパン……ティとか連呼するなよ。もっと慎みを持て友口」

「どこで照れてんだよオメーは。ソレを握りしめてる自分の姿を恥じろまずは。そもそもパンツって呼び方がガキ臭えよ。せめてショーツと言え」

「うるせえ……なんとかしてクライマックスへの伏線にできないか考えてんだよ。拾ったパンツを胸ポケットに入れておいたおかげで、ナイフで刺された時に運良く守ってもらえた、とか」

「アトムのパンツかよ」

「アトムのパンツは別に鉄製ってわけじゃあないみたいだけどな。それに、この場合どっちかって言うとウランちゃんの方が表現としては近しいと思う」

「うるせーよ。どちらにせよホラーからは程遠いわ」

「もしくは拾ったパンツがラスボスのもので、ラストシーンで襲われそうになった時に印籠のように突きつけることでラスボスの羞恥心を煽って撃退するんだ」

「お前がギャグ小説を書きたいってんなら俺は止めねー」


 どうやらいずれの展開も友口には不評のようだった。

 ……。

 ……まあ、冷静に考えたらホラー小説にパンツはないわな。


 我を取り戻す感じだった。

 不思議な出来事が連発したせいでテンションがおかしくなっていたらしい。


「つーかよ、普通に考えてのパンティが都合よく人の目に留まりやすい道端の手すりに引っかかってるなんてのは、俺としちゃどこか作為的なものを感じてならねーんだが」

「そんな作為があり得るかよ。意味が分かんねえよ」

「意味が分かんねーから怖えんだろうが。そういう意味ではホラーっちゃホラーかもしれねーけど」


 友口は昨日の一件から目に見えないストーカー(仮)を随分と警戒しているようだった。

 こいつは別段、鋭いタイプというわけではないのだが、こと女性が絡む場合においてはその経験の為せる技か勘が冴え渡るのである。

 もちろん、俺としてはストーカー(仮)なんてものが実在するとは思っていないし、仮にいるのだとしても女だとは限らないのだけれど、しかしそのアンテナは存外バカにできないファクターではあった。


「……まあ、悩んでも仕方ねえだろ。失くしたシャツや下着が戻ってくるわけじゃねえし、その代わり手に入ったものもあるんだ」

「いまお前、そのパンティを手に入ったもの扱いしたか」

「何かあったときには、いま手元にあるカードで何とかしてみるさ。なーに、大丈夫。俺は土壇場に強いタイプなんだ」

「あーこいつ死んだわ」



「ラブちゃん、随分と楽しいことになっているようだな。先輩としてこれ以上の喜びはないよ」


 夜。

 最後の夜である。


 俺たちは隣接するキャンプ場でバーベキューを行っていた。去年もそうだったが、最後の夜にバーベキューを行うというのは毎年恒例らしい。

 肉の焼ける香ばしい匂いと、木炭の燃焼が引き起こす白煙が充満し、時折吹き込んでくる生暖かい風がそれらを雲一つなく澄み切った夜空へと連れていく。


 この時間帯にもなると暑さも多少落ち着いていた。

 決して涼しいとまでは言えないが、シャツが汗で身体中に貼り付くようなあの不快感は消え失せている。


「まさかこのご時世に男を取り合って言い争いする美女二人の姿を見ることができるとはね。いやあ眼福眼福」

「……相楽さん、起きてたんですか」


 文芸部部長、相楽美南海はむしゃむしゃと肉を頬張りながら満足そうにそう言った。

 肉に満足しているのか、自身が目撃した光景に満足しているのか、あるいはその両方なのかもしれない。


「起きらいでか。私がなんのためにお前の部屋に忍び込んで寝たふりをしていたと思ってんだ」

「わざとだったのかよ!」

「大広間に残ったメンツ、お前が飲むペースとトイレに向かうペース、それらを複合的に考えれば男子部屋で二次会を開くことなど、私の能力をもってすれば想像に難くないね」

「その能力はもっと有効活用してくれませんかね!」


 自分自身あれだけ酒を喰らっといて、よくもまあそこまで冷静に視野を広く保てたものである。

 そして、彼女の目論見通りに行動してしまった自分が少し悔しい。


「ていうか、相楽さん潰れてたんじゃないんですか」

「舐めるなよ。私がアルコール程度に飲まれるわけがないだろう。これまで山ほど――の量の酒を飲んできたが、しかし酔いつぶれた記憶などない」

「そりゃ酔いつぶれてる時点で記憶なんて残らないでしょうよ」

「いやいや、本当に記憶をなくしたことはないよ。それは断言できる。男子部屋で寝たときも、廊下で寝たときも、全て最後まで自分自身の判断に従ってとった行動の帰結なのさ」

「それはそれでどうかと思いますよ」


 相変わらず能力と同じだけ倫理観も振り切れているといった感じであったが、しかしこの様子だとあの部屋で起きた会話は全て筒抜けらしい。


「いやあ、一度でいいから泥沼の争いってのを見てみたかったんだよ。知的好奇心というやつだ。残念ながらこれまでの文芸部は大人しいやつばかりでね。まれに起こるいざこざも諍いとまでは言えないものばかりだったんだ。そういう意味ではラブ澤、お前に感謝するよ。私の夢を叶えてくれてありがとう」

「そんな感謝はいらねえ」


 わはは、と相楽さんは快活に笑い、缶ビールをグッと飲み干していく。

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