第3話

 結月さんにもらったサイダーを飲み干し、差し入れにもっていくコーヒーを選ぶ。

 眠気覚ましになるブラックがいいか、頭を働かせるカフェラテ系がいいか悩ましい。俺の場合、眠くなることが多いので作業中はブラック派だ。


「あっ」

「うん?」


 ふと隣から声がかけられる。

 正しくはかけられたというよりは、たまたま出てしまった声の先に俺がいたという方があっている気もするけれど。

 視線を移すと、そこにいたのは一人の後輩女子。肩口でくるんと内側に巻かれた茶色の髪。身長は155センチくらいだろうか。結月さんとは違うタイプの人形を思わせる愛くるしく整った顔立ちだが、うっすらと瞼の上にかかる前髪の奥からはひんやりとした視線が垣間見える。


「えーっと、こんにちは上郡かみごおりさん」

「……どーも、こんにちは、愛澤せんぱい」


 上郡真緒かみごおりまお、この春に入学したばかりの一年生だ。文芸部の後輩でもある。

 新歓期には歓迎会などでちょくちょく顔を合わせていたが、5月に入ってからはほとんど会った記憶がない。

 今回の部誌作成は新入生は参加任意だ。というかまだ入って一か月そこらで寄稿しろという方が酷な話ではある。

 そういうこともあって部室でもあまり顔を合わせる機会はなかった。

 無論、スタートダッシュ勢でなければ、後輩を巻き込んで遊ぶタイプでもない俺からすれば、彼女に限らずほとんどの後輩が新歓期以来ということになるのだが。

 結月さんと同じく、おそらく講義終わりなのだろう。腕に下げたトートバックからは参考書が顔を覗かせていた。


「久しぶりだね、どう、元気?」

「ええ、まあ」

「今って一年生は結構部室に顔出してるのかな? 最近あんまり部室に行けてなかったからよくわからないんだよね~」

「わたしもあまり部室に顔出していないのでよくわからないです」

「……飲み物買いに来たの?せっかくだし奢るよ」

「いえ、結構です」


 とりあえず会話を続ける気があまりないことはわかった。無視されるよりはマシだけど、こういうのはメンタルにヒットする。

 自分の名誉のために言うわけではないが、彼女は比較的誰に対しても似たようなスタンスをとっているらしい。必要最小限のコンタクトで会話を済ます傾向があるんだと。

 別段、コミュ障とかそういうわけではなさそうで、そもそもとして会話の回り道が好きじゃないそうだ。曰く、合理的じゃないんだと。

 事実、新歓期で初対面の人が多い場ではもう少しにこやかに喋っていたような気がする。

 気がする、というのは俺自身に向けてにこやかに喋りかけられた記憶があまりないからである。割と最初期から塩対応されていた記憶しかない。

 あれ、私の好感度低すぎ……?


 俺が心の涙を流す中、上郡さんは俺が突っ立っていたすぐそばの自販機にコインを投入する。どうやら目当てはリンゴジュースらしい。可愛い。

 なんてことを呟いていても仕方ないので、ササっと二つ隣の自販機にズレた俺は目的通りコーヒーを入手すべく千円札を挿入する。

 しばらくの間、特に会話もなく、ひたすらコーヒー缶が落ちてくるガコンという音だけが響く。

 既にリンゴジュースを買い終え、飲み口に唇を寄せながらじーっとこちらを見つめる上郡さん。


「……なにしてるんです、それ?」

「コーヒーを大人買いしております」

「……なぜです?」

「原稿作ってるやつらに差し入れでもしようかと思ってね」


 ふーん、と口を付けたペットボトルに吐息が反響する。


「せんぱいはお人よしさんなんですね」

「まあな。頑張ってるやつを見ると応援したくなるのさ」

「言っておきますが褒めてないですよ」


 こないだの結月さんといい、実は俺の評判はあまり良くないらしい。

 新歓期含めて二人きりでまともに話したこともなかったのに酷い言われようだ。飲んだばかりのサイダーが目尻から溢れてくる。嘘だけど。

 まあ元々、塩対応だったわけだしあまり好かれていないのは間違いないだろう。可愛い後輩女子とこうして会話出来ているだけでもありがたい話だ。

 コーヒーを買い終えた俺は両腕一杯に冷たい缶を抱える。


「……じゃ、ボチボチいくわ。またね、上郡さん」

「……はい、いずれまたそのうち」


 最後まであまり彼女の感情の起伏を掴めないまま、話もそこそこに自販機コーナーを後にする。

 決して振り返ることはなかったが、なぜだかずっと背中に視線を向けられているような、そんな気がした。

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