独白①


 私は恋をしている。

 高校生のあの時から、決して忘れられない恋をしている。


 この恋が冷めることはない。根拠はないけれど確信している。

 、私はこの恋心げんじつに囚われてしまっている。

 それはとても苦しく、哀しく、それでいてほんのりと温かい。


 きっと彼は私のことを知らない、いや正確には覚えていないだろう。

 高校時代を彼と同じ学び舎で過ごしたが、接点などたかが知れていたし、その頃は私の見た目ももっと地味なものだった。自分で言うのもなんだが、今のようにチヤホヤされた記憶は全くと言っていいほどない。

 当時はクラスの数も多く、決して同じクラスにはなりようがなかったし、そもそも彼は高校二年のある時から一切の交友関係を断っていた。

 ゆえに、私の容姿が今と同じであっても、彼の記憶に留まることは出来なかったに違いない。


 私は、彼の身に起きた出来事のほんの一部しか知らない。

 それは当時同じ高校に通っていた人間であれば誰しもが知っている顛末であったし、それ以上のことは何も知りえなかったが、聞き及んでいるだけでも悲しく、胸が張り裂けそうな痛みを覚える。

 きっと彼にとって現実はそれ以上に残酷なものだったに違いない。彼が心を閉ざすのも無理はないと思えるほどに。


 だからこそ、私は彼と同じ大学を選んだ。

 少しでも彼の傍に近づきたくて。

 彼の心の温かい部分に触れたくて。


 彼の時間は、から止まってしまっている。

 表面上は明るく振る舞う彼も未だ、過去げんじつに囚われてしまっているのだと、大学で彼を一目見たときにそれはわかった。


 少しずつでもいいから彼の氷を溶かしたいと心の底から願った私は、彼と同じく文芸部に所属することを決めた。


 幸いなことに彼とは接点を持つことができた。どころか宅飲みをする仲にまで発展することができた。

 表面上は冷静を装っていたけれど、彼の棲む家に初めて足を踏み入れたときの鼓動の高鳴りは今でも忘れられない。表情を操るのが得意でよかったと、この時ほど自分自身に感謝したことはなかった。

 飲み会の時も、文芸部活動の時も、気が付けば常に彼のことを目で追ってしまう。もはや私は彼から目を離すことができなくなっていた。自分がより一層深い沼にハマっていく感覚を覚える。それでも不思議とその感情は心地よくすらあった。


 彼は今もなお、女性とは一定の距離間を保とうとする。

 なかなかこの差を埋めるのは難しいけれど、今はこれでいい。無理に飛び込もうとしたら、のようになってしまうだろう。

 彼女のことを悪く言うつもりは毛頭ないけれど、私はそこまで現実が見えていない女ではない。今、必要以上に彼と距離を縮めようとすることは逆効果にしかなりえない。

 もっと時間をかけて、少しずつ仲を深めていければいいと考えていた。


 だからこそ、彼とデートすることが決まったときには、これは夢なんじゃないかと自分自身を疑った。デートをしよう、その一言を発するのにどれほどのエネルギーを使ったかわからない。声が震えなかった自分自身を褒めてあげたいくらいだ。


 彼の中ではきっとまだは大きくない。それでも心優しい彼ならば、きっと自分のできる限りで最高のもてなしを準備してくれるのだろう。

 だけれど、私が気になるのはデートの中身なんかではない。

 彼自身も楽しいと思ってくれるだろうか、私の服装を見て可愛いと思ってくれるだろうか――私のことを少しは意識してくれるだろうか。

 柄にもなく夢見心地な気分で、そんなことばかりを考えてしまうほど、私は――心の底から彼に恋をしていた。


 いつかきっと――彼の心を取り戻し、この手で掴みとってみせる。

 その日を夢見て、今日も私は現実を生きる。

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