第三章 現実主義は靡かない
第36話
*
デートとはなにか。
辞書を開くと『日時や場所を定めて異性と会うこと』とある。
はたまた、Webサイトで検索すると『交際中又は互いに恋愛的な展開を期待していて、日時や場所を決めて会うこと』と表現されていた。
どこからがデートなのか明確な定義はない。
自分がデートだと認識すればそれはデートになるし、相手が認識していなければ相手にとってそれはデートではなくなる。
これを結月さんと俺に置き換えてみるとどうだろうか。
結月さんはおそらく俺に恋愛感情を向けてはいない。
そして俺自身も彼女に対して好意的な感情はあるが、これが恋愛感情であるとまでは今の時点では言えない。
それを踏まえて、彼女と二人で出掛けることはデートと呼んでいいのか。
まあ結月さん自身もデートしよっかと言ってくれたわけだし、これはデートと呼んで構わないはず……
いやしかし気が遣える結月さんのことだ。俺の勢いに圧されて仕方なしにそう言ってくれている可能性もある。
となるとこれはデートではない……。
思考が堂々めぐる。デートと言う言葉が脳裏から離れない。というかデートってなんだっけ、date、でぇと、DEETO……これがゲシュタルト崩壊というやつか。
いや、そもそもこれがデートであれなんであれ、こちらから誘った以上、プランは精一杯練っていかなければならない。
PC画面と向き合い検索を進めているとあっという間に土曜日が終わりに近づく。気が付けば西日が傾き、夜の帳が空を覆い始めていた。
いや実際問題どうすっかなー。
心から笑った姿を見たいだなんて言ってしまった以上、予行演習の時のような普通のプランは組みづらくなってしまった。
つか冷静に考えてキモすぎだろ俺。
酒が入っていたとはいえ、半分告白だろこれ。
まーた俺の黒歴史が更新されてしまったか、ガハハ。
PC画面から視線を外し、そのまま仰向けに倒れこむ。
結月さんとのデートの予定は8月1日、夏合宿の直前を予定している。さすがに7月は試験やらレポートやらでお互い忙しくなるということで回避。
今は7月に入ったばかりということを考えるとまだ時間はあるように見えるが、下旬に近づくにつれ忙しくなることは目に見えており、なるべく早めにプランは練っておきたいところだ。
俺はのそりと立ち上がり、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
コップに注いだ液体を一気に飲み干し、火照った頭を冷ましていく。
ピンポーン。
チャイムが鳴らされる。
「……ん?」
誰かと約束をした覚えはない。もしや何かの勧誘か? はたまた宅配便だろうか。
俺はあまり深く考えず玄関に赴き、戸を開け放つ。後から考えれば、せめてドアスコープから外を覗くくらいはしてもよかったと思う。
「はーい……あ?」
「あっ、悠くん……えへへっ、来ちゃった!」
バタン、ガチャリ。
俺は無言で扉を閉め、鍵をかける。
いやいや、誰だよ。
いや誰かはわかるんだけど、誰だよ。
間違いなく見覚えのある人間なんだけれど、何かの間違いであってほしいと願う。
ドアの外を垣間見たのは僅か一瞬の出来事であったが、それでも確信ができる。そこにあったのはどう考えても面倒ごとの前触れであった。
ドンッと大きな音が室内に響き渡る。それは明らかにドアを蹴られた音だった。この分だと近所にも鳴り響いたことだろう。
次いでガチャガチャとドアノブが上下に揺さぶられる。何が何でも室内に突入してやるという強い意志を感じた。ホラー映画のごとき光景に思わず後ずさる。
しかしご近所への迷惑と、放置したときのその後を考えると、ここで開けないという選択肢をとることは俺にはできなかった。
俺はそろりとツマミを回し、恐る恐るドアを開ける。
「あっ、悠くん……えへへっ、来ちゃった!」
焼き直しのように同じセリフが繰り返される。
そこにいたのは一人の美人だった。
全身が薄いピンクや白などの淡色コーディネートで固められている。
美しい亜麻色のミディアムロングヘアーにはパーマがかけられており、しっとりとした雰囲気を醸し出していた。膝下まで伸びたフレアスカートからはほっそりとした脚と夏らしい白いミュールが姿を覗かせる。
ガーリーファッションとでもいうのだろうか、女の子らしいという表現が最も当てはまるように思う。
この格好で原宿あたりを歩いたらスカウトされること請け合いだろう。
こういった格好をする知り合いに記憶はないが、しかし俺はこの女性の名前を知っていた。
鳥羽原美優である。
「え、え、どうしたの美優ちゃん」
「突然来ちゃってごめんね。どうしても悠くんに合いたくなって……」
申し訳なさそうに首を竦め、上目遣いを向けてくる。
率直に言って俺は困惑を隠せなかった。
おかしい。
俺の知っている美優ちゃんはこんなフェミニンな仕草はとらないし、こんな森ガールって感じのファッションを好むタイプではない。髪の毛も常にストレートヘアで背中の真ん中あたりまで伸ばしていたのに、今や肩口を少し過ぎたあたりでふんわりとパーマがかけられている。
そもそも俺のことを
まるでパラレルワールドに迷い込んだかのような錯覚を覚えるが、どっこいこれは現実である。
「迷惑、だったかな?」
「いつも迷惑とか考えたことなかったろ。暑さでついにやられたか」
ガシッとミュールで弁慶の泣き所を蹴飛ばされる。
普通に痛くて涙が出そう。
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