第75話
「危ないところでしたね、せんぱい」
「あ? 何がだよ」
ギャルたちの後ろ姿を横目で見送りながら、したり顔でそんなことを言う上郡。
「あれは逆ナンですよ。せんぱいは気づいていませんでしたが」
「はあ? んなわけねえだろ。ただ鍵が落ちてなかったか聞かれただけだぞ」
「甘いですね。そう言って困った様子をすれば、せめて近くは探してあげようって気分になるでしょう? 相手が麗若き女性なら猶更。そうして恩を
「はあ……まあ、聞いてみりゃ確かに一理なくもないような気もするけど、そもそもの話、あの子たちが俺にそういうつもりで声をかけてきたってのがまず信じられねえよ」
「そこらへんはせんぱいのフェイスと女っけとチョロさ加減の天秤でしょうね。せんぱいはもやしのヒョロガリですが良く言えば細身でシュッとしてるともとれますし、顔はまあそれなりに整ってますし、水に濡れて天パもそこまで目立たないですし、押せばどうとでもなりそうですし。ほら、毛並みが綺麗で、顔の愛くるしい子犬が雨の中、首輪もなしに道端に座り込んでいたら思わず連れて帰りたくなるでしょう?」
……なんだろう。
たぶん褒められてるんだろうけれど、なんか釈然としないなあ。
ずぶ濡れの子犬の例えもイマイチピンとこないし。
つーかそれ、俺に対しても顔が愛くるしいって言ってるのとほぼ同義だけどそれでいいのか?
「結局のところ、恩の一方通行ってのは受ける側も与える側もあまり気分がいいものではないですからね。今のとは逆ベクトルの話にはなりますけど、恩を押し付けて懐に飛び込むのは商売の常套手段ですし、恩を売って買ってを繰り返すことで相手のガードを緩め、距離を縮めることができるのです」
「ふうん、相変わらず物知りだな、上郡は」
「まあ、商学部ですからね」
上郡は照れ隠しするかのようにツンとした態度で言い切る。
商学部としての含蓄と言うよりは、なんだか、彼女の生き様を聞かされているような気分だった。
きっと、彼女はこれまでもそういう風に生きてきたのだろう。
「ともかく、あのままだとせんぱいは、ギャル二人になし崩し的に押し切られて、最終的にムシャムシャと食べ尽くされていたことでしょう」
「ムシャムシャって……いや、そもそも俺がそんなのに付いていく人間に見えてるのかよ。しかも合宿中だぜ?」
「どうでしょう。せんぱいはパーソナルスペースは広いくせに押しに弱いですからねえ」
「言っておくが、生まれてこの方、俺ほど身持ちが硬くて見境のある人間を俺は知らねえよ」
むしろ見境がありすぎて困っているくらいだ。
「とにかく、こんな所にいたら第二第三のギャルが襲ってきますよ。さっさと退散しましょう」
「ギャルってのはそんなRPGみたいにエンカウントするものなのかよ。お前の中でのギャル像はどうなってんだ」
「まあ、ギャルとチョメチョメしけこみたいというのならば話は別ですが」
「しないしない」
古ぃーよ、表現が。
俺たちは自販機でいくつか飲み物を見繕い、その場を後にする。
一応、逆ナンから救ってもらった(?)という御礼も兼ねて上郡にも飲み物を買い与えることにした。
さっきの上郡理論ではないが、恩は返さないとな。
なんだか上郡の常套手段にはめられているような感じもするけれど。
二人してビーチを歩いていると、上郡は思い出したかのように口を開いた。
「しかし、せんぱいは思っていた以上に女性の胸部に興味がお有りなんですね」
「やややぶやぶ藪から棒になななななんなんななんだよ」
「ラップですか?」
しまった。
ノーモーションの一撃に思わず動揺を顔に出してしまった。
「何を言っているんだい。まるでこの僕が女性の胸部に興味が有るみたいじゃないか」
「だからそう言ったんですけど。ほぼ一言一句違わずそう言ったんですけど」
「女性の胸に興味がない男なんているわけがないだろ! うるせえよ!」
「その開き直りの速さは感服に値します」
感心されてしまった。
嬉しくねえ感心だ。
「佐藤さんとのビーチバレーとか、先ほどのギャル二人組を相手にした時とか、全く関心ないフリをしておきながらチラチラ目線下げてましたし」
「マジでか」
うーむ、そんなに俺って女の人の胸ばかり見てしまっているのだろうか……。
むしろ、努めて見ないようにしていたつもりなのだけれど。
まあしかし全く見ないというのも難しい話で、チラ見をしたことは否定できない。女性はそういう視線に敏感だというし、隠しているつもりでもバレてしまっているということなのだろう。
「それとも胸が大きい人限定なんですかね? 先ほどのギャル二人組もそれなりにたわわな雰囲気でしたよね」
「いや、別にそんなことはないよ。そこには等しく夢が詰まっているんだ。大小に優劣なんかない。みんな違ってみんないい」
「詰まっているのはただの脂肪ですけどね」
「夢も希望も、身も蓋もない言い方をするんじゃねえ」
「ふむふむ、なるほど、せんぱいはそういうタイプでしたか」
上郡はなにやら一人納得したように小さく頷くと、ダボッとしたTシャツのネックラインに指をかけ、伸びることも厭わずグイと引っ張る。
「では、わたしの胸にどれだけの夢が詰まっているか、見てみますか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます