第74話
結局、抵抗むなしく、さながら牛追い祭りのように結月さんに追い立てられる形で、俺はビーチバレーに参加する。
サンダルを脱ぎ捨てると、アツアツに熱された砂浜が足裏を攻め立てる。当たり前のようにみんな素足ではしゃいでるけど、全員特殊な訓練でも受けているのか?
「おし、負けた方が昼飯奢りな」
「友口を相手にして勝てる気がしないんだが……」
「が、がんばろう愛澤っ!」
チーム分けは友口と結月さん、佐藤さんと俺という組み合わせであった。
ビーチバレーといってもネットが張られているわけではないので、2:2でいかにボールを落とさないかという純粋なラリー勝負の形になる。ガチのバレーよりはまだ可能性ありそうだが、しかしそうはいっても全国レベルの現役テニスプレーヤーを相手取ると明確な身体能力の差が浮き彫りになる。
「くたばれ愛澤ァ!」
「ぐえっ」
そんな一言とともに友口が渾身のスパイクを俺に叩きつけ、ゲームセット。
佐藤さんもダンスで培った身体能力を駆使して精一杯奮戦してくれていたのだが、残念ながら俺と友口の差を埋めるには至らず。
残念無念。
そんなわけで、俺と佐藤さんは近場の海の家に買い出しへ向かう。
「折角たくさんおっぱい揺らしたのに負けちゃった」
「そこは頑張ったのに、でいいだろ!」
確かにたくさん揺れていたけれども。
揺らしに揺らしていたけれども!
「愛澤が私のおっぱいに見蕩れてたから負けちゃった」
「見蕩れてねえよ! 人聞きの悪いことを言うな」
「じゃあ見てないの?」
「……」
見てたけども。
佐藤さんの追及を上手く躱しながら、焼きそば、たこ焼き、お好み焼きなど定番の料理を購入する。
祭りの屋台なんかもそうだが、こういうところで食べる焼きそばがやたらおいしく感じるのはなぜだろう。
雰囲気は最大の調味料とでも言うのだろうか。
「っと、飲み物も買ってくか。ごめん、食事持って先に行っててもらっていい?」
「おっけー!」
佐藤さんはにこやかにOKサインを作ると、両手いっぱいに抱えたプラスティックのパックを器用に胸で支えながらトテトテと歩いて行った。
一人にすることで変なナンパが寄ってこないかだけが心配だが、あそこまで大荷物の女の子にはみな声をかけづらいことだろう。
「あのぅ、すみませーん」
「えっ、あ、はい」
自販機で飲み物を選んでいると、背中から声をかけられる。
それは明らかに文芸部の人間の声音ではなかった。
こんな場所で知らない人間から声をかけられるなどと想定もしていなかったわけで、俺は若干キョドりながら振り返る。
そこにいたのはビキニを纏った二人の女性。
ともに顔に見覚えはない。一人は溌剌とした印象の金髪ギャル、もう一人はそれに比べれば多少おとなしめではあるが確りとメイクを決めた茶髪のギャルだ。
二人とも俺と同年代だろうか。どちらもあまり文芸部にはいないタイプだが美人と言って差し支えない容姿であった。
自然、緊張が走る。
「この子がここらへんでロッカーの鍵を落としちゃったみたいでぇ、お兄さん見ませんでしたかねぇ?」
金髪ギャルは語尾を伸ばす独特の話し方をするタイプで、なにやら茶髪女子の落とし物を探しているらしい。
どうやら逆ナンというわけではなさそうだ。
や、もちろんそんなのは最初からわかってたけどね?
わかってはいたけれど、ほんの少しだけ肩の力が抜けるのを感じる。
「いや、見てないっすね……どんな感じの鍵ですか?」
「こういう手首に巻くタイプなんですけどぉ」
「うーん、ちょっと探してみましょうか」
「ほんとですかぁ、ありがとうございます~」
「せんぱい、どうかしましたか?」
ギャル二人組がわーいと楽しそうに手を叩き、俺が自販機の周辺を見やったタイミングでまたも背後から声がかけられた。
しかし今度の声色はそちらを見ずともその主が誰か俺にはわかる。昨日あれだけ耳元で聞いたからな!
そもそも俺を先輩呼びする人間はこいつと、バイト先のJKの二人しかいない。
もちろん、後者がこの場にいるはずもなく、必然的に答えは一つに絞られる。
「相変わらず楽しそうなことしてますね、せんぱい」
「おお、よう上郡。いや、楽しんでるっていうか、このお二人がこの近くで鍵をなくしたみたいで、今から探そうとしてたところだよ」
「ええ、ですから楽しそうですねと」
「相変わらず話が通じねえなあ」
上郡真緒はシンプルなライトグリーンの水着の上に大きめのTシャツを着てそこに立っていた。
海に入った後でTシャツを着たのか、中途半端に濡れたシャツがボディラインを際立たせる。
彼女も飲み物を買いに来たのだろう。小さな小銭入れを胸に抱えていた。
「……あー、やっぱりあたしら二人で探んで大丈夫です~。すみませんでしたぁ~」
上郡の姿を確認したギャル二人組は苦笑いを浮かべながらそう言い残すと、足早にどこかへ去っていった。
……え、鍵は?
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