第73話
*
「海だーっ!」
佐藤さんの明るい声が水面を駆け抜けていく。
薄い水色のビキニが健康的な肢体によく映える。これまで気づかなかったが、佐藤さんは意外と着痩せするタイプらしい。
雲の切れ間から降り注ぐ陽光が海面に反射し、キラキラと光り輝く。
色々と眩しくて俺は佐藤さんの方を直視することができそうになかった。
「あはっ、サトちゃんはリアクションが相変わらずベタだねぇ」
「ベタって言うなぁ! というか海にきたら叫ぶのはお約束でしょ~?」
「それをベタって言うんだけどね」
「こうやって挨拶することで、海の神様にこれから海に入りますって知らせるの。海で事故に遭ったりしないためには重要なことだって、お
「ふうん。でも、なんだか、やまびこみたいだね」
「う~ん、この場合はうみびこ?」
そんな、結月さんと佐藤さんのほんわかトークが目の前で繰り広げられている。
合宿二日目。俺たちは近場の海水浴場へ来ていた。
友口を含む同期一同と上郡たち一年生を引き連れ(といっても俺が先導して来たわけではないが)、水平線の彼方まで拡がり続ける青の世界に相対する。
夏休み真っ盛りと言うこともあり、ビーチの人影は多い。
俺たちは近くに泊している利点を生かし早めにビーチに来ることでいくつかのパラソルを確保することができたが、もう少し遅ければそれも叶わなかったことだろう。
しかし暑い……。
都会っ子には厳しすぎるくらいの直射日光だ。
それなりに雲が多いこともあって日陰の時間が長めなのはまだ救いだったが、しかしそうはいっても太陽が差し込む時間の方が圧倒的に長い。
割と肌が弱い体質の俺にとって、海パン一丁で飛び出していくというのはなかなかに勇気のいる行為だった。油断してるとすぐに真っ赤になるからな。
そんなわけで、続々と海へと繰り出していく部のメンバーを後目に俺はひっそりとパラソルの下で体育座りを続けていたのだが、そんな様子を見て友口が笑う。
「なにしてんだァ、愛澤。お前、こんなところでまでインドアスタイルかあ?」
「ほっとけ」
テニス部の友口はもとより肩から先と顔は真っ黒に日焼けしている。今日一日で一層、褐色に近づいていくのだろう。
鍛えられた筋肉も相俟ってその姿は完全にナンパ野郎であり、俺をはじめ
「なんだお前、水着女子たちに照れてんのか? はっはー、まったく、愛澤は相変わらずシャイだな。せっかく綺麗ドコロが揃ってんだから、じっくり見ないと損だし、しっかり見ないと失礼だぞ」
失礼なのはお前だよ。
「違う、別に照れてるわけじゃない。最初から飛ばしてたらすぐに疲れるから体力温存してるだけだ」
「海に着いてまずやることが体力温存ってのもどうかと思うが」
友口にしては珍しく正論のツッコミに俺はダンマリを決め込む。
実際、水着女子たちの輪に加わるのを躊躇っているのは事実だった。照れとは違うが、もし何かの間違いで女子の身体
「ね、愛澤くんもビーチバレーしない?」
佐藤さんと話していた結月さんがいつの間にか俺のいるパラソルに戻ってきていた。
結月さんはトップがオフショルダー、ボトムがミニスカートの水着を纏い、その上にラッシュガードを羽織っている。
惜しげもなく肌や谷間をさらす佐藤さんと比べれば露出は控えめなのだが、男が気になる部分を上手く隠しつつも、ラッシュガードがぴっちりと身体に張り付き全体のシルエットはわかる出立ちとなっており、これはこれで奥ゆかしいエロティシズムを感じる。
本人としては純粋に日焼けしたくないだけなのだろうが、しかしともすれば人前で肌や胸元を露わにするのを恥じる乙女のようにも見えてくる。
これが和のエロスというやつか。結月さんらしい健全ないやらしさだった。
……なに真面目に考察してるんだ俺は。
いやらしさに健全もクソもない。
というか同期を、しかも結月さんをそういう目で見ることに対する罪悪感が凄かった。
反省。
「悪いな結月さん、そのビーチバレーは四人用なんだ」
「うん、愛澤くんが来てくれたらちょうど四人だね」
「ぐっ、右膝の古傷が痛みやがる……」
「私の二十年間が間違いでなければ、わざとらしく抑えているそれは左膝かな」
「母親に人の嫌がることとビーチバレーだけはするなと言われているんだ」
「もう、どれだけバレーやりたくないのよ! 怒るよ!」
怒るよ! というセリフの時点で既に怒っているだろうというツッコミは火に油を注ぐだけなのでさすがに自重する。
ビーチバレー自体がどうというよりも、女の子とスキンシップ
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