せんぱい、取引のお時間です
シーダサマー
第一章 合理主義は誤魔化せない
プロローグ
「愛澤くんてさあ」
夕暮れの部室。20畳ほどの部屋に並べられた長机の対角でPCと睨めっこを続けていた
「弟さんか妹さんっていたりする?」
「いないよ。ほしいと思ったことはあったけど」
小学生の頃、男友達が弟や妹を連れて楽しそうに遊んでいるのを見て羨ましいと感じた記憶が呼び起こされる。
友達本人からしたら同級生と遊ぶのについてくる兄弟なんて邪魔でしかなかったのかもしれないが、傍から見ればやはり微笑ましい光景であったし、日常的に何でも言い合える仲というのはそれだけで羨ましく思えた。
しかし終ぞ兄弟が欲しいとサンタに願うことはなかったな。
サンタが存在しないことをいつの時点で認識していたかは記憶にないが、小学校を卒業するまではキッチリとプレゼントを要求し、応えてもらっていた。
最後の方は誕生日のように、もらって然るべきイベントくらいに考えていた気がする。
自画自賛するわけではないが、小学校高学年になる頃にはある程度社会の仕組みを理解していた自分は、懐事情も加味し
小学校一年生でゲーム機(3万円)を要求していた子どもが六年時には高級ボールペン(5千円)を欲しがるようになっていたものだから、両親もさぞ驚いたことだろう。
まだ子どもが誕生する仕組みも知らない無邪気な時分に弟や妹をサンタにお願いしていたらどうなっていたのだろう。
これ以上先を想像してはいけないと胃のあたりがムカムカと警告を発する。
「へえ~、なんか意外。てっきり年の離れた兄弟がいると思ってた」タイピングの手を止めた結月さんが顔を上げる。本当に意外そうな声色だ。
「その心は?」
「愛澤くんって無駄に面倒見がいいというか、無駄にお節介焼きというかさ」
それ、無駄って表現いる?
「今日だって自分は午後の講義もないのに、わざわざこんな時間までアイデア出しと推敲に付き合ってくれてるし」少し困ったように笑みをこぼす。「ありがたいんだけどね、なんだかこっちが申し訳なくなっちゃうんだよ」
揺れるカーテンの外側からは既に陽光は差し込まない。
この部屋が東向きであったことに初めて気づく。
今まで気にしていなかったことに気づいた瞬間は少しだけ自分の成長を実感できる。
俺たちは大学の文芸部に所属している。
部員には3か月に一度発行される部誌への寄稿が義務付けられていて、来週末が原稿の提出期限であった。
俺は背もたれにグッと体重を預ける。
使い古されたパイプ椅子がギシっと音を立てた。
「ま、気にするな。どうせ暇なんだ。俺でよければいつでも使ってくれ。俺の力は君を助けるためにある」
「でたね、いつもの。そうやって女の子口説いてるんだあ。いけないんだー」
「だが勘違いしないでほしい。残念ながら俺は誰か特定の一人のために存在しているわけではないんだ。俺を取り合うようなことだけはしてくれるな。俺からの愛は分け隔てなく降り注ぐ」
「相変わらずキモいな~」
そう言いながらも、くつくつと愉快そうに喉を鳴らす。
喉奥からせり上がる笑いを嚙み殺すような、特徴的な笑い声だった。
初夏の淡い風が結月さんの黒髪を揺らす。
それはどことなく儚くて、まるで文学少女の青春の一ページを切り取ったかのように美しい光景だった。
「愛澤くん、黙ってればかっこいいし、親切で女子受けもいいのに、どうしてキモいこと言っちゃうんだろうね」
「ごめん、あんまキモいキモい言わないで」
自覚あってやっていることとはいえ傷つくものは傷つくのだ。
「新歓の時だって、見学にきてくれた1年の女の子たちから愛澤さんかっこいい!ってすっごい言われてたんだよ」
「ほう」
「裏ではイケメン天パって言われてたよ」
「どう考えても褒めてる文脈で天パ要素くっつける必要ある?」
「でも愛澤くんがいつも通りすぎて、最後の方には残念電波って言われてた」
「その話聞きたくなかったな~」
濁点をつけるだけで一段と悪口度合いが増すのだから日本語って不思議だ。
「――まあ、こういう会話も含めて俺は俺のやりたいようにやってるだけだからさ」
スッと浅く息を吸い込む。「あんまり気にしないでほしい」
あえて口に出すことでもないけれど、『誰か』のためになにかをする、その結果として『誰か』の物事が上手くいくのであれば、そこで生まれた幸せは俺にもフィードバックする。
別にありがとうという言葉が聞きたいわけじゃない。
ただ、誰かの幸せを自分の幸せのように感じているだけだ。
高校生の頃からだろうか、それを強く実感するようになった。
何がきっかけだったか、今となってはあまり覚えていないけれど、結局のところ俺自身が満足するために行っている行為なのだから、別に褒められた話でも、申し訳ないと思われる話でもない。
純粋な自己満足、幼稚な自己投影。俺はいつだって心の鏡に映し出されるそれらを見ないフリする。
「……ふぅん」
結月さんはフッとこちらへの視線を外し、口元に微笑を湛えながら再びモニターへ目線を落とす。
「そういうのなんていうんだろ、博愛主義?」
「別にそこまで大それた信念を標榜するつもりはないよ」
「じゃあ八方美人?」
「その評価が俺の行動の結果なのであれば甘んじて受け入れる」
「ま、言葉なんてなんだって良いんだけどさ」
モニターから目線を外すことなく、結月さんは言葉を紡ぐ。
それは俺との会話のようで、独り言のようでもあった。
結月さんは文芸部の元気印だ。そんな彼女が普段はあまり見せることがないアンニュイなその表情に、思わず目を奪われる。
「私、愛澤くんのそういうところ――」
最後の言葉は、吹き込んだ初夏の嵐が奪い去った。
※※
本作は百パ―セント趣味で執筆しております!
私自身が、こんな作品あればいいな、こんな展開好きだな、そう思う要素を詰め込んでいきたいと考えております。
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拙筆ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです!
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