第10話

「平塚くん、今回の部誌はどう? いい感じに書けた?」結月さんがレモンサワーの缶を握りながら質問する。

「うーん、どうかなあ。一応、前回からの連載形式にはしてるけど」

「私、結構平塚くんの小説の世界観結構好きなんだあ。なんというかね、優しい気持ちになるんだ」

「あ、それわかる! ほっこりするよね!」

「……やば、正面からそこまで褒められると普通に照れるんだが」


 女子二人に褒められて相好を崩す平塚。

 平塚の小説は童話系とでもいうのだろうか、少年と少女が不思議な世界で冒険する話なのだが、平塚の真面目で優しい性格が登場人物に色濃く反映されている。誰も傷つかない優しい物語。

 よかったな平塚、とりあえず飲んどけ平塚!


「一年生は次回から参加だよね。上郡さんはどんな文章を書くか決めてるの?」谷中さんは早くもビール缶3缶目に突入している。

「そうですね、最近は推理小説をよく読むので、そっち系で短編小説でも作れたらなーなんて思ってます」

推理小説ミステリーか~。伏線を入れたり、トリックのタネを考えたり、難しいよね」

「そういえば愛澤くんって、去年推理小説モドキを書いてなかったっけ?」

「モドキじゃなくてれっきとした推理小説のつもりだったんだが?」

「15ページかそこらに叙述トリック10個くらい散りばめるのは推理小説というよりもはや間違い探しに近いんじゃないかな……」


 結月さんは呆れたように額に手をやる。

 その当時、『大どんでん返しが特徴のミステリー小説トップ10!』というまとめサイトに上がっていた小説を上から順番に読破していた俺は、ふと自分でもトリックを考えたくなり、推理小説を部誌に寄稿したのだった。

 盲点だったのが、俺が読んだことのあるミステリーが全て叙述トリックがメインだったため、トリックのレパートリーが皆無に近かったことだ。出来上がったのは、むしろ叙述トリックが使われていない真実の部分を見つけ出す方が難しいという一風変わった推理小説となっていた。

 間違い探しならぬ真実探しというのは一周回ってある意味推理小説らしいと言えるのではないだろうか、などと反論してみる。


「え~、私は好きだったなあ」佐藤さんが思い出したように小さく笑う。

「登場人物の半分近くが、実は性別が逆だったのは意外性あって笑ったよ」

「オチには全く関係なかったけどね」

「確かに、文章はともかく発想は面白かった」

「ああいう、見え見えの叙述トリックにまみれた小説って意外とないんですよね。普通は森の中に木を隠すはずなのに、木を乱立させてその中に小さな森を隠すような不思議な感じ」

「それだけに、実は語り手が犯人でしたーっていうありきたりなオチだったのはちょっとガッカリだよね~」

「失礼だな。むしろ10作品程度しか推理小説を読んでないのに、アガサクリスティと同じネタに辿り着いたことを褒めたたえろよ」

「途中まで調子よくて最後小さくまとまる感じ、如何にも愛澤くんらしいよね」

「マジで失礼だな!?」

「や、もちろん良い意味でね」

「小さくまとまるに良い意味なんかねえぞ文芸部!」


 結月さんがいいからいいから~、飲んどけ飲んどけ~と缶をグイグイこちらに押しやってくる。

 仄かな毒は受けたが、発想を褒めてもらえるのは嬉しい。自己肯定感がムクムクと成長していく。

 愉快な気持ちになってきたので勧められるがまま酒を胃に収めていく。


「私は普段読んでるのが漫画とか恋愛小説ばっかりだから、どうしてもそっちに偏っちゃうんだよねえ」


 佐藤さんは悩ましげに漏らす。

 部誌の発行は三ヵ月に一度、それを考えると卒業するまでに10~15作品くらいは作らなければならない。ひと作品あたりのページ数に定めはないとはいえ、同じジャンルばかりだとネタも枯渇していく。


「ね、愛澤っ! なんかオススメの小説とかあったら貸してよ!せっかく来たんだしさ!」

「あー、俺電子書籍派なんだよなあ。ざっくりと気になってるジャンルを教えてくれたらオススメくらいは教えられると思うけど……平塚はどうよ? 最近のオススメとかある?」

「そうだなあ。最近読んでて面白かったのは――」


 俺からのごく自然なパスを受けた平塚が幾つか作品名を挙げる。その中には多くの人が知っているような有名小説もあれば、全く聞いたことのない作者の作品もあった。佐藤さんにひと作品でも興味を持ってもらえるよう、幅広いジャンルを挙げているのだろう。

 ふむふむとスマホにメモを打ち込む佐藤さん。二人とも真面目だなあと心の中で独り言ち、手に持っていた缶をグイと飲み干す。

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