第9話
そんなわけで華の金曜日。
集合場所は一旦俺の家にしていて、そこから近所のスーパーに買い出しに行く予定だ。
結局、三日前に俺の家に泊まりに来た美優ちゃんはそのまま今日の朝まで居座り続けた。どうやら今日も居座るつもりだったようだが、宅飲みの予定があるということで有無を言わさず追い出す。
不満げな美優ちゃんは荷物を抱えたまま玄関先から動こうとしない。
「ぶー、悠馬のイケズ! バカァ!」
「なんとでも言えばいいよ」
「インポ! ロリコン!」
「ハイハイ」
「AVのインタビュー場面だけでイけちゃうのがこの私、愛澤悠馬です!! モガモゴ」
「黙れコラ!」慌てて美優ちゃんの口をふさぐ。ご近所に響き渡る声で何言ってくれてんだこいつ!
「イけちゃうとか女子が言うんじゃないよ全く」
「どんな言葉でもぶつけていい、全部受け止めるからって言ったのは悠馬じゃん」
「そんな寛容発言した覚えはねえよ。勝手に拡大解釈すんじゃねえ」
ギャーギャー喚き散らかす美優ちゃんをやっとの思いで退けた俺は急いで部屋の片づけを始める。
三日も泊ってたせいでいろいろなところに美優ちゃんの痕跡が残されている。歯ブラシ、パジャマ、可愛らしいタオル、髪ゴム、etc。俺の持ち物だと誤魔化しの利かなそうなものは俺の寝室の収納にすべて放り込む。こういう時、1LDKと大学生には破格の家を借りてくれている両親に感謝しかない。
まあ別に美優ちゃんとの関係がバレても疚しいことはないし、いかがわしいことをしているわけでもない(精々、誓って健全なマッサージを強要されているくらい)のだから、そこまで必死にならなくてもいいのかもしれないけれど、バレたらなんとなく面倒なことになりそうなので、俺は毎回隠すようにしている。
ひと段落ついたところでタイミングよくチャイムが鳴り響いた。
玄関を開けると五人が勢ぞろいだった。初めて我が家に来る上郡さんのために駅で集合したらしい。
「お邪魔しまーす……むむむっ」いの一番に上がり込んだ結月さんがわざとらしく眉間にしわを寄せる。
「なんだよ」
「女の匂いがする」
ファッ!?
バカな、完全に痕跡は消したし、香料スプレーも振りまいた。気づかれるハズがない。
「な、なんでそう思うの?」
「ん? んー、まあいろいろあるけど、ひっくるめて女の勘ってことにしとこっかな」
「あ、あーそう。アハハ。あーさっき来た宅配の人が女性だったからもしかしたらそれが原因かもなー」我ながら酷い言い訳である。
「ふぅん……ま、そういうことにしてあげよう」
そういって悪戯っぽく笑う結月さん。なんでもお見通しという感じがする。
なんとなくこの人には勝てる気がしない。
時間も夕方に差し掛かり、陽が落ち始めている。俺
一緒に買い物をする絵が青春らしくてとてもいい。依然、熱に浮かされたままの俺は、そんなどうでもいいことを考える。
酒とつまみをしこたま買い込んだ俺たちはわが家へなだれ込む。
俺は適当に氷を準備するフリをして、全員の着座を待った。
狙い通りというべきか、平塚は自然な形で佐藤さんの隣に座っていた。よしよし、と心の中で呟くと、空いていた平塚と谷中さん(今日参加している唯一の先輩♂だ)の間に腰を落とす。
「何回きても愛澤のおうちって綺麗だし広いし快適だよねえ」感心したように言葉を漏らした佐藤さんが部屋を見回す。
「レディたちをみっともない家にお招きするわけにはいかないからな」
「おいおい、僕たちはお呼びでないってか」隣の谷中さんが突っ込む。
「この家でリバースしたことのあるやつは基本的に俺の中でカースト低いです」
谷中さんも平塚も当然のごとく経験者だった。
場ゲロをしていないだけ相対的にマシな方ではあるのだが。場ゲロしようものなら即日出禁である。
「ね、前来たときとカーペットとカーテンが変わってるね。前にはなかったコップもあるし、やっぱり女の匂いがするんだけど、そこんとこどうなのかな?かな?」
結月さんが面白半分、本気半分のテンションで聞いてくる。
こえーよ、なんでわかんだよこいつ。
「どうと言われても。カーペットは汚したから取り換えただけ、カーテンは前のが遮熱性低かったから買い替えただけ、コップは旅行した時にお土産で買ってきたやつだよ」
しかし問答を想定していた俺に死角はない。
まあ正確に言えば、『美優姉』が酒を零して汚したカーペットを取り換え、『美優姉』が「寒い!」と文句を言ったのでカーテンを買い替え、『美優姉』が旅行した時にお土産で買ってきてくれたコップなのだが、主語を省略しただけであって嘘をついているわけじゃない。
俺の生活空間が美優姉色に染められつつあるのはこの際、見て見ぬふりをする。
「むっ、淀みない回答……逆に怪しい」
「どう答えるのが正解なんですか」
俺は苦笑しながら、誤魔化すように酒を傾けた。
後から振り返ってみればこの俺の応対は決して正解と言えるものではなかったのだが、この時は知る由もなかった。
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