第94話 遠足は行く前から騒がしい


 学校まで美麗と一緒に紅さんの車で行って校門で降りると随分少なくなったとはいえ、まだ十人位の人が待っている。


 でも前の様な騒ぎは無く、俺を守る会の人と警備員と押し合いする姿は無くなった。


 俺と美麗が車を降りると校門で待っていた人達が俺達に向って『おはようございます』とか『早乙女さーん。おはよう』とか挨拶してくれるので、俺も笑顔で『おはようございます』と返すと思い切りの笑顔になってくれる。


 そして俺達が校舎の方に向かうとその人達も駅の方に向かって行く。毎朝、挨拶だけをする為に待っていてくれると思うと申し訳なく思ってしまう。


 昇降口の俺の靴箱に入っているファンレターも一時期より落ち着いた感じだが、まだ靴箱の中はほぼ一杯だ。


 ファンレターをくれるのは嬉しいが、もう良いんじゃないかと思うのは俺の勝手な思いかな?



 教室に入って自分の席に着くと健吾と雫がいつもの様に

「「おはよ、麗人」」

「おはよ、健吾、雫」


 今日も芦屋さんはまだ来ていない。仕事なのかな?健吾と雫それに望月さんと話をしているとギリギリで芦屋さんが入って来た。


「おはようございます。麗人お兄様」

「おはよう、芦屋さん。今日も仕事?」

「はい、早朝の人通りが少ない所で撮る場面がありまして」

「凄いな芦屋さんは」


 俺はもうその世界には戻らないつもりだ。早く普通の高校生活に戻りたい。そんな事を思っていると


「麗人お兄様も映画撮影の時、早朝撮影したじゃないですか。同じです。早くもう一度共演したいですね」

「結構です。もう俺はカメラの前には絶対に立ちません」

「ふふふっ、芸能界はそんなに甘くはありませんよ。それに麗人様を世界中のファンが待っています」


「芦屋さん、あんたねえ、早乙女君が嫌だって言っているんだから諦めなさいよ」

「あなたにこの会話に入る権利はありませんわ。麗人お兄様と私だけの会話です」

「何ですってぇ!」


 また始まったよ。

「二人共、もう無し。お願いですから」

「「でもう、この人が」」

「止めなさい!」

「「はい」」


 何故か、健吾と雫が笑っている。全く人の事だと思って。


 そんな事を話している内に予鈴が鳴って桜庭先生が入って来た。


「皆さん、おはようございます。今週金曜日は、高校生最後の遠足が有ります。行先は一年前に行ったフィールドアスレチック場です。

 全校生徒でそこに行きます。当日は貸し切りとして一般の方は入れない様にしています。理由は分かっていますよね」


 桜庭先生が俺と芦屋さんの顔を見ている。まあ、理由分かりますからそんなに見ないで下さい。


「では夕方のLHRに班決めをしますから、それまでに五人一組の班を話し合っておいて下さい」


「「「「おーっ、遠足だー!」」」」

「今年の早乙女班の一枠は誰の手に?」


―ふふっ、じゃんけんを鍛えて一年、負けないわよ。

―リベンジあるのみ。

―勝者は私よ。

―いえ、私よ。


「静かに。今日のLHRに確認します」


 全く、早乙女麗人と芦屋真名の所為でこんなに騒ぎになるんだから。修学旅行の時と同じように静か?行けないものかしら。



 桜庭先生が他の連絡事項も言ってから教室を出て行くと、皆が一斉にこっちを見た。芦屋さんが

「麗人お兄様、私、小早川さん、東雲さんは決まっていますね」

「私は?」

 望月さんが、何故か自分を肯定しようとしているけど、


―望月さんはじゃんけんに決まっているじゃない。

―そうよ、そうよ。

―まあ、望月さんはじゃんけんだよな。俺だって入りたいし。

―そうだな。


「えーっ!」

「望月さんは駄目ですよ」


 望月さんが芦屋さんに言われて、顔を赤くして怒っている。でも仕方ない。



 午前中の授業が終わり昼休みになるといつもの様に美麗と優美ちゃんがお弁当を持ってやって来た。

「お兄ちゃん、お昼たべよ」

「ああ、ちょっと待ってくれ。購買に行って来る。健吾いこうぜ」

「おう」


 購買に行く途中や買っている途中でも特別校則が効いている所為か、むやみに話しかけたり寄って来る人はいない。


 ただ俺達を見ているだけだ。見るだけならもう慣れているから構わない。しかし入学した時とは随分変わったな。


 俺と健吾が戻って来るともう教室の中は友達と食べるという理由で教室は他のクラスから来ている人達で一杯になっている。いつもながら凄い光景だ。


 俺達も食べ始めると美麗が

「お兄ちゃん、今度の金曜日の遠足、全学年同じ所らしいよ」

「ああ、担任から聞いている」

「同じ所回れないかな?」

「それは無理じゃないか。スタートの最初と最後の間が長くなりすぎるから別々のコースだと思うぞ」


 何故か皆聞き耳を立てている。


「そうか、残念だな」


―早乙女兄妹と芦屋さんのグループ、凄い!

―みんなそこだけ団子状態だな。

―ああ、俺もその中に入りてぇ。

―私もぅ。


 皆さん、出来ない相談です。


 最近は美麗と芦屋さんのお弁当の戦いも静かになり、俺は普通に菓子パンを食べれる?状況になった。

 

 もう焼きそばパンの上に卵焼きと唐揚げは乗っていない。その代り二つの菓子パンに美麗と芦屋さんのおかずがそれぞれ乗っているけど。


 そんな楽しい昼休みの会話も終わり午後の授業が有って、そして最後の時間にLHRが始まった。


 桜庭先生は教室に入って来ると

「早乙女君の班は、去年と同じでしょ。今年もじゃんけんなの?」

「「「「「はーい」」」」」


「そっ、分かったわ。早乙女君、前に出て来て去年と同じ様にやって」

「分かりました」

 流石に今年は躊躇しない。


「では、始めます。最初はグー。じゃんけんポン」


 なんと最後に残った五人の中に望月さんが居ない。本人は自分の席で悔しそうにしている。


 なんで、私が負けるのよ。世の中不公平だわとボソボソ言っているけど…。


 そんな事有りません。じゃんけんは公平です。



 そして最後に二人残った。誠也、田畑さんだ。

「田所君、負けないわよ」

「俺だって」


「「最初はグー、じゃんけんポン」」


「やったぁー!」

 私が勝った。これで何とか、早乙女君と名前呼びの関係になるんだ。



「田畑さんに負けるとは」

「いいじゃない。一年の時の遠足は一緒だったんだから」

「それはそれだ」



「はい、今年は田畑玲子さんですね。では他の方も早く決めて下さい」


 見ていると川上と友永さんは一緒の様だ。あの二人はイケメン、美少女でお似合いだな。あっ、それに望月さんは誠也と同じグループになった。


 そして見ているとあっという間に他の班構成が決まった。このクラスいつもながらまとまりがいいな。


「はい、決まりましたね。今更ですが、遠足でも特別校則は有効です。忘れない様に」

「「「「「分かってまーす」」」」」


 流石に慣れたようだ。



 放課後は健吾も雫も普通に帰る様子で教室を出て行く。この二人が塾に行っていると事がバレると俺も一緒だと分かってしまうからだ。


 健吾と雫は、もう部活には参加しなくなっている。本来は二学期だけど、二人共国立難関コースは難易度が高いという事で早めに勉強にシフトしたようだ。


 俺も校門で待っている紅さんの車で駅反対側の可愛塾に行く。俺が塾に行っている間に、紅さんはもう一度学校に戻って美麗を送って貰うと段取りだ。



 塾に入るまではフードとサングラスとマスクだが、流石にこの格好は暑くなって来た。周りも何か様子がおかしい。

 

 でもバレると塾に迷惑が掛かる。どうにかしないといけないがどうにかならないものだろうか。


 家に帰ってからお母さんに相談してみるか。色々経験ありそうだし。



 秀子さんは、教え方が上手いのか、スッと頭に入って来る。勿論毎日が国語と英語では無いの、週に二度しか会わない。考えていたより真面目に教えてくれるので助かる。このまま続いて欲しいものだ。

 

―――――


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