第77話 東郷秀子は考える
修学旅行から戻った次の日から三連休だ。土曜日の午前中は道場に行って稽古をした。稽古が終わった後、秀子さんに修学旅行のお土産を渡すと
「あら、麗人。嬉しいわ。ねえ、明日の日曜日空いている?」
「特に用事は入っていないですけど」
「じゃあ、買い物に付き合てくれない?」
「それは…」
「いいじゃない。私と買い物出来ない理由があるの?」
「無いですけど」
「じゃあ、決まりね」
参ったなあ。修学旅行で疲れたなんて言えないし。そもそも翌日に稽古に来ている訳で。でも美麗なら良いけど家族以外で女性と外に歩くのはちょっとな。
「あっ、やっぱり用事思い出しました」
「駄目、そんな見え透いた嘘」
やっぱり駄目か。
家に帰って部屋に入ろうとした時、美麗が
「お兄ちゃん、来週の火曜日模試が有るよね。理系と文系どっち選ぶの?」
「あっ!」
いけない来週火曜日は全学年で模試がある。すっかり忘れてた。これを理由にすれば秀子さんと買い物行かなくて済む。直ぐにスマホで連絡すると
『麗人、模試が心配なら買い物の後、私が教えてあげるわ』
『俺理系なんで』
『高二レベルの模試なら関係ないわ。教えてあげる』
参ったな。益々面倒になる。
『分かりました。じゃあ買い物だけ付き合います』
『そう、残念だわ。手取り足取り教えてあげようと思ったのに』
なんか言い方に含みが有る様?
次の日、俺達はデパートの有る街では無くて、この辺では一番に賑やかな渋山で待合せる事になった。
この街は、人が多すぎてちょっと苦手だ。待合せ場所は、駅の交番の傍。十五分前に来て待っていると、通りすがりの人が必ず俺を見て行く。
最初はイケメンお巡りさんでも見ているのかと思ったんだけど、そのお巡りさんも俺の事をチラチラ見ている。何でこんな場所で待ち合わせしたんだ?
五分前になって秀子さんがやって来た。今日は登下校の時とは全く違う装いだ。
少し首周りの緩いプリントがしてある白のシャツにネックレス。それにお揃いのイヤリング。
濃茶のロングブーツにスカート、膝上というかミニスカートに近い。それとスカートと同系の細かい茶のチェック柄のジャケットだ。リップは綺麗な赤色。
「麗人、待った?」
「い、いえ」
「どうしたの?」
「秀子さんのそういう姿初めて見たので」
「そうね、いつもパンツスタイルだものね」
ふふっ、麗人に私が女性だという事を思い切り意識させたかったけど、上手く行ったみたいね。
「麗人、今日は、洋服を買って食事をして映画見ようか」
「そ、それって」
「なに?」
「いえ、何でも無いです」
今日は麗人に思い切り私を意識させないと。
秀子さんは、PBショップが一杯入っている駅に近い丸いビルに行くらしい。交差点を横切った所で
「君、早乙女麗人だよね。話出来ない」
「出来ません」
「少し位ならいいだろう」
「あなた、五月蠅いわね。今デート中なのよ」
「えっ、デート中?」
秀子さんなんて事言うんだ。でも、それが功を奏したのか、その男はそれ以上付いてこなかった。でも後ろから
―女同士でもデートって言うのか?
その声は無視した。
ビルの中に入って…というか女性しかいない。売り場も女性用品だけだ。美麗とはこういう所では買い物しないのでちょっと驚いていると
「あっ!」
不味い、コネボー化粧品のCMが流れていて俺が映っている。まだ流していたのかよ。
―ねえ、あの人って。
―今映っているCMの人だよね。
―声掛けてみようか。
―うん。
「麗人、不味いわね。場所変えましょう」
俺達は急いでそのビルを出ると交差点を渡り少し歩いて坂道を上がったファンションビルに行った。ここでもあのCMが流れたらどうすればいいんだ?
しかし、ここまで来る間に、三人の男女から声を掛けられた。皆さん、自分の目的を優先して下さい。
「麗人っていつもこんな感じなの?」
「はい、だからあまり休みの日には余程の事がない限り外には出ない事にしています」
「えっ、買い物とかは?」
「偶には俺も美麗と一緒に出掛けますけど、ほとんどはお母さんと美麗が買ってくれるので」
「そういう事?」
「はい」
「そうかぁ。悪かったかな?」
「そんな事は無いんですけど」
本音は家に帰りたい。
それからファンションビルの中でも注目はされたけど声を掛けて来る人は居なかった。それは良かったのだけど
「麗人、これどうかな?」
俺は今、秀子さんが入っている試着室の前に立っている。もう声を掛けられたのは四回目だ。いい加減に決めて欲しい。
カーテンを開けて出て来る度に、俺の方に腰を少し曲げて上目遣いにしてくる。ただでさえ、豊満な胸なのに、そんな事すると胸の谷間がはっきりと見える。だから直ぐに横を向くと
「えへへ。どうこれ?」
「に、似合ってます」
「こっち見ないでそれは無いでしょ」
「稽古の時みたいに姿勢を良くしてください」
「分かったわよ」
もう、麗人以外には絶対にしないのに。少しは見てくれてもいいじゃない。
そんな事を三つのショップでして、二着の洋服を買うと
「麗人、丁度いい時間だわ。レストラン予約してあるの。行きましょう」
えっ、そういう事?
俺達は、今は閉店した有名なデパートの横を通って少し歩いた所にあるフレンチレストランに入った。テレビでも見た事のある有名なレストランだ。ドアを開けると
「東郷様、お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
秀子さん、前にも来ているのかな。
少し、奥まった素敵なテーブルが用意されていた。
「秀子さん、ここは来た事あるのですか?」
「ええ、家族と偶に来るわ」
そういう事か。
料理を注文し終わると私はあの芦屋真名の事が気になって
「麗人、修学旅行はどうだった?」
「まあ、楽しかったです」
「あの芦屋真名も一緒だったんでしょ?」
「はい、同じ班でした」
「えっ、それで?」
「何も無かったですよ。新幹線の中もバスの中も離れた座席でしたし、観光スポットにはボディガードが付いていましたら」
「そうなの」
あの人の事だから、麗人に何かしてくるんじゃないかと思ったけど、良かったわ何も無くて。
俺達は、食事が終わった後、渋山の海玄坂の途中にある映画館ビルで既に秀子さんが予約してあった、有名な俳優が出ている恋愛映画を見た。
隣に座っている秀子さんが見ている時、俺の手の甲に手を置いて来たけど、それは許すというか無視をした。この位はいいだろう。
ふふっ、麗人の手を握っている。登下校や稽古の時には絶対出来ない。でもここなら出来るかなと思ったけど、やはり出来た。
最初彼も躊躇して避けたけど、二回目からは離さずにさせてくれた。これだけでも今日一緒に来た甲斐が有ったな。
駅に向いながら秀子さんが話しかけて来た。
「麗人、彼女作る気は無いの?」
「ありません」
「どうして、健全な男子高校生でしょう」
「それとこれは関係無いと思いますけど」
「そう。残念だわ」
ここで作る気はあると少しでも言って、いえ匂わせてくれたら良かったのに。まだ先かなぁ。
大学二年生と高校二年生、お似合いだと思うんだけなぁ。
―――――
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